人気ブログランキング |

d0237340_2248040.jpg

関東方面からの観光バスがやってきて・・・高価なカメラやレンズ、図太い三脚を持ったカメ爺さんたちが30人ほど降りてきて、一斉に三脚を立て 一斉に同じ被写体にレンズを向け、一斉に撮り始め、時間がきたら一斉にバスに乗りこみ、一斉に次のポイントへと立ち去った・・・目の当たりにしてしまった 唖然だ。フォトジェニックを追う・・・なんとこれ自体が商売に成っていた。機材はプロ並み、バスの中での腕自慢、機材自慢に一花咲かせたのだろう・・・けど、ん~なんとも?違和感だらけだ。世の中には縦に掘れない人たちが居るんだなぁ、あほくさぁ、俺は絶対ならんぞ つか 金ないし(笑)

似たようなものを撮っていると変化のない被写体に困る時がある。そこで、何かハッとするもの 被写体として写真映りのよいもの そんなものに目がゆきがちになる。だけどフォトジェニックなものを追いかけても いずれ時間の経過や慣れとともにそれでさえマンネリを感ずるわけで、すかさず新たなフォトジェニックを求め探し徊るはめになる。東京なら簡単に見つかるだろうけど、安穏とした田舎暮らしじゃ無理。こんな循環をやってると 何か日常生活に似てもいるよな?そんな気がする。日常からの脱却を志向したのに それが刺激さえも感じぬ日常に見えてくる 再び戻ったような? 

ならば日常に転がる何かをぐっと視点を変えて撮ってみるとか 横に移動するのでなく縦に掘りだすとか 撮影者自身の「新境地」が必要かもね。ゆくゆく 「フォトジェニックを探す」ではなく 「フォトジェニックに見る」という撮る側の視点や感性が問題になるんだろう。


「人生は己を探す旅である」 この名言を残し藤本義一さんが亡くなった。辛口を温厚に語る、テレビでの語り口調、白髪のウェーブを搔きあげながらペン1本で勝負する・・・あの姿。もう記憶の反芻でしか彼に会うことができなくなった。

d0237340_11251033.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-30 22:49 | Camera | Trackback | Comments(0)

紅葉 未知の奥

d0237340_23413684.jpg

発荷峠である。十和田南インターをおりてサークルストーンで有名な大湯温泉に向かい、その先ずうっと紅葉の中を走ると この峠に着く。二つの岬を彩り鮮やかに紅葉が飾る大きな十和田湖が見える。湖上遊覧船が純白の点で浮かぶ。太陽が上がり切るまでは瞰湖台からの景色、夕景ならここ発荷峠の景色が順光撮影には最高の場所。

来週 男沼にいこうかなぁ・・・土湯の紅葉は10日あたりね。早朝は女沼、陽が上がってきたら男沼。男沼に朝日が差し込んでも 照り返すサイトがどこなのか わからない。夕映えのサイトなら知ってるけど。いつかは 五能線からのブナ林を望遠撮りしたい、海から撮ってみたいなぁ。水害の只見線は当分復旧しないだろうし 只見川は浚渫するまで水を溜めないだろうし 浅草岳は登山禁止だし 動ける範囲が狭くなった感じ。まっ、ものは考えよう 来年の楽しみが増えた?とでもしておこう それが自分サイズなのだ。晴れるといいなぁ・・・銀山温泉街夕景も狙いたいしなぁ、この歳でも欲はつきることがない。。。
d0237340_20402791.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-29 23:47 | Aoimori | Trackback | Comments(0)

紅葉を追いかけ・・・

d0237340_7424378.jpg

このところ自分のテーマである紅葉を毎週追いかけている。日の出前後の1時間 夕刻15時過ぎからの1時間はアマチュアなりにも易い機材ではあるが必死にシャッター押しまくっている。もっとも お日さまが斜めから当たるような時間帯じゃないと 被写体に明暗が付かず立体的に写らないという問題があり、もともと二次元の世界に遠近や明暗を取り込んで三次元風に表すところが写真のミソともいわれているので朝夕の2時間は超必死になる。それにベテランならば わたる風や空気の色や香りなども写し込むらしいので 勉強としての佳き写真を眺める度に奥行き、広がりというものを感じ取っている。

d0237340_2191971.jpg

d0237340_21101456.jpg

d0237340_2185987.jpg

晩秋の影が濃くなるころ、秋のテーマが終点を迎える。それまでは所を替えながら撮影を続けていく予定。次回のテーマは冬で 街なかの冬 生活のなかの冬 山の中の冬・・・撮影範囲が一気に広がりそうなイメージを持っている。こんなことを追いかけて一体あなたの楽しみは何?と訊かれる。答えは簡単、「自分の感性を磨くこと」とでも言ってみようかな。
俳優:高倉健さんは80歳にして 未だ自分の感性を磨こうと努力している、それに比べたら60歳などまだまだ「ガキ」、小便小僧だ。「日々感動」これが自分磨きの原点 原動力だ。
d0237340_748975.jpg

問題点もあって 写真を観る側がノートパソコンで観てるという前提では 写真の蘊蓄をいくら力説したところでなかなか解ってもらえないようだ。巧みなプロの技が余すところなく発揮され さらに色を合わせてプリントする印刷技術が加えられ 結晶として写真集は結実する。写真集を手にとって観てほしいとプロの風景写真家は訴える。プロの写真家は機材も違うし 目の付けどころ 構図 活動する時間帯とか 何がなんだか解らないほど全てが違うんです 勉強になります。
by tabi-syashin | 2012-10-28 21:57 | Aoimori | Trackback | Comments(0)

d0237340_21242613.jpg

吾妻の山に道路ができたのは昭和34年(1959)、僕はまだ小学4年生だったが戦後の日本が新生日本へと活気づくさなかにスカイラインは誕生した。僕が初めてスカイラインを経験したのは翌年の夏休みのことだ。母に連れられ兄弟3人が福島交通のバスに乗り 高湯ゲートからスカイラインを巡り裏磐梯へと抜けた。
d0237340_2243669.jpg

不動沢橋をバスが通過するときに必死で橋が落ちないように祈った覚えがある。ずっと手前の方から橋が見えた。手に汗をかき お尻がサワサワしていた。さらにバスの運転手がゆっくりとサービス運行するものだから冷や汗倍増だ。 お陰で今でも記憶に残るのは高所恐怖笑だ(笑)
d0237340_226824.jpg

浄土平に着き その荒涼としたゴツゴツの岩と土の世界、硫黄で黄色に染まった斜面に驚いたものである。さらに一切経山にも登った。いつも実家から見上げてばかりいた吾妻小富士をこの日ばかりは上から見下ろしたのである。大きな穴が開いていたが こんなに大きいとは思っていなかった。小さい時から吾妻小富士は「白い雪うさぎの山」(雪形)としか映っていないわけだから まさか穴があいてるだなんて(笑) この時の感動が忘れられず夏休みの宿題として画に描き上げたことを覚えている。(笑)
d0237340_21293440.jpg

おまけの話だが その絵が金賞を貰った。宿題を喜んで仕上げる子供なんて昔はあまりいない、いったん表に出たら魚取りかオニムシ採りかに決まってるわけで 家にもろくに戻らない。それが 画用紙を買ってきてすすんで描いただなんて母親も驚いたに違いない(笑) 二学期が始まり、貼りだされた僕の画に金の短冊が付けられていた。絵画や習字に金賞銀賞の短冊が何度も付けられた姉たちと違い、僕の絵が金賞に入る・・・それ自体がそもそも珍しい。得意な工作ですら毎回選外だったのに選ばれたのだから スカイライン様さまなのだ(笑)

今から半世紀前の話だが この話には続きがあり事件へと展開するのだが それは後ほどに
d0237340_21333690.jpg

d0237340_21352275.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-26 21:37 | Utukusima | Trackback | Comments(0)

紅葉 吾妻桶沼

d0237340_22425075.jpg

いや なにそれ?って感じのどうってことない話なんだけど、、、吾妻の瞳「五色沼」と桶沼は噴火口の跡で噴火湖と呼ばれ、吾妻小富士 高山 東吾妻は 噴火山もしくは休火山で・・・現役の活火山は一切経山と云うことになる(笑)いわゆるコニーデ式火山だよね(この表現は現在の教育では使わないらしい あんなに一生懸命覚えたのにね)。噴出するマグマに粘り気があってモリモリと山を築いて、裾野も広がるように見事なまでの美形をつくる。岩木山や八甲田山、岩手山、鳥海山、吾妻山、燧ケ岳も同類だ。他にアスピーテ式、八幡平だよね ゆるいウンチのように背高い山を築かない。もう一つ、トロイデ式だったか?中学の時に習ったけど忘れてしまった。現在は死語となってるようだけど誰か調べてみてください。上辺で判断すると思わぬ間違いをすることに(笑)
d0237340_10545978.jpg

d0237340_21205095.jpg

d0237340_11082.jpg

d0237340_1122642.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-21 11:02 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

男沼 紅葉の始まり

d0237340_802813.jpg

男沼にも立ち寄った。紅葉にはあと半月は早かったと思うのだが 
葉が適度に落ちてくれて 明るい湖畔に変わっていた。
沼には3艘のボートが浮かべられ ひがな釣を楽しむ人たち。
湖面から 明るく響く声が伝わってきて 楽しさを表している。
11月に入ったら もう一度紅葉の沼を訪ねたい。
d0237340_7451948.jpg

d0237340_81217.jpg

d0237340_10413742.jpg

d0237340_7435862.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-20 22:13 | Tutiyu | Trackback | Comments(0)

紅葉 吾妻小舎 秋色

d0237340_229294.jpg

秋の彼岸、墓参りの日に寄らせてもらったが あれからちょうど一月、吾妻小舎は紅葉の中に立っていた。ダケカンバ ナナカマドの紅葉とシラビソの緑。今年の営業も終わりに近付き あと半月もすればスカイラインも初雪に覆われる。この山小屋は山中に隔絶された小屋とは違って、扉の向こうに世間が隣り合わせに在る感じ・・・。だからと云う訳でもないのだろうが 都会から女性が一人でやってきては山を散策し 夜はストーブにあたりながら 電灯の下で本を読んでいる、どちらかといえば女性向きな山小屋だ。女性向きといえば、名月荘もそうかもしれない、吾妻という山は情感を育むのが似合う?ということか。

宿泊予約は微温湯温泉に申し込むのだが 炊事は微温湯の女将さんが小屋まで登り賄いをしてくれる。料理はかなり美味しいぞ と友には話している。山小屋の雰囲気を味わいつつワインの酔いに任せるなら、お勧めの小屋だ。30人ほどは泊れるのだが それでもギュウギュウなら特別室にも泊れ、この食堂に雑魚寝も。 聞けば昔はこの部屋の中段に板で渡しをつけ中層にも泊ったそうだ。窓から射しこむ日差し、紅葉の葉を透かしながらオレンジ色の光が磨きこまれた床に反射した。 

いかがだろう? 休憩料代わりの珈琲を戴きながら秋の午後を想いに馳せる・・・とても良いアイデアだと思うのだが。 それにしても実によい空間だ いや珠玉の隠れ家とさえ思える。これなら別荘も、書斎も、狭い家に男の居場所を確保することも、、、じつにナンセンスで陳腐にも思えてくる。いったい私有財産ってなんなんだろう?我が別荘のごとく週末にここへ泊りに来ればよいこと と思うのだが まっそうは言っても財布とは要相談だ(笑。
d0237340_7195856.jpg

d0237340_22493572.jpg

d0237340_7291590.jpg

d0237340_7341688.jpg

d0237340_7234968.jpg

d0237340_22565435.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-20 22:09 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

紅葉 吾妻小富士

d0237340_2264656.jpg

d0237340_73387.jpg

d0237340_1829894.jpg

地元の人は一度登れば登らないものだが そんな自分は 30年ぶりに登ってみた。あの時は長女を背負って登ったが 今は自分の老体を背負う身となる、じつに重い(笑)そりゃそうだ 人生60年分の重さが両脚に載ってるわけだから あたりまえだ。15分ほどで噴火口についた 反時計周りに周回しようとしたが・・・、途中で引き返した。あいかわらずのコンジョなしだ(笑)
d0237340_190781.jpg

d0237340_1824599.jpg

d0237340_18554345.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-20 22:07 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

紅葉 鬼面山東面 

d0237340_2234892.jpg

今日は是非に紅葉の鬼面山を撮ろうと思って、朝早く仙台を出た。残念ながら高速道路から見た山頂部分は雲に覆われていた。鬼面山直下でカメラをセットしたがシャッターを押すには光が足りず躊躇の時間が流れる。それでも時々、パッと光が差し込んだりするのでカメラは三脚にセットしたままウェイティングだ。そういえば 帰郷で眺める箕輪山は雲がかかる日々が多かった気がする。会津盆地や裏磐梯から風が集まり、吹きあげながら土湯峠を越え福島盆地に吹き下ろしてくる、「風の通り道」だ。よく「吾妻は晴れても安達太良は曇る」と父が言っていた。またこの奇態な山容、切れ落ちた肩を風が通り越す時に巻きこんで鬼面山を雲の衣でスッポリまとわせることや 箕輪山などは全体を雲が包みこんで、波頭が砕け落ちるように奥岳側に流れこむ・・・光り待ちついでにいろいろ思い出していた。
d0237340_22553335.jpg
それと昔、この山から安達太良山まで大学一年時に初縦走している とまぁまたも昔語りだが・・・忘れないように記しておく。パーティは学寮先輩:安田さん(掛田梁川在住)、同期の矢沢(実家は浪江…)、塚越(群馬高崎出身)、五十嵐女史(一女高出の美形)、宇佐美女史(寮生どもの憧れ)、同級生タケシそれに私の7人。野地温泉からこの鬼面山を越え箕輪山に向かうのだが、箕輪への登路 掘られた粘土道に少々てこずったことと、同じ箕輪の登路で残雪の白、石楠花の葉の緑、ピンク色の花と三色のバランスが心地良く 登りに苦しむ我々を癒してくれたことなどが印象深く今も手元に吾妻をバックに登る「我が青春」パーティの姿を撮った写真が残っている。鉄山、安達太良山を登り終え「くろがね小屋」に下り、沢の流れる小屋脇の狭いテント場に陣取った。。。
d0237340_22569100.jpg

ワンゲルの矢沢は横デカのキスリングにビニール製テントとホエブスを担いできていた。テントがビニールだなんて、風が吹いたらオシャカ(笑) でも帆布のテントに比べたら天国と地獄の軽さで雨の日ならもろに良さが解る。当時の装備は哀れなもので、綿製のアノラック もしくはビニールポンチョがいっぱしの雨具だった。通気性 速乾性など眼目にもない、第一当時はモノがなかった、あってもビニール合羽だし。防水スプレーなど有るわけもなく、綿製アノラックにわざわざ蝋を垂らしたり油をしみこませたりして雨の浸みこみを防ぐ工夫を凝らしていた。それでもビブラム底の皮革登山靴は矢沢と塚越と購入したばかりの私とで自慢だった。当時はキャラバンシューズが推奨の装備だったから(それがなければズックか長靴だ)革の登山靴はとても大事だった。今じゃ植生を荒らすとか言われ日陰に追いやられたけど(笑)
d0237340_2257944.jpg

今では考えられない装備と不格好ではあるが 当世人以上の強い山への思いを抱きながら登っていたものだ。学生らしい、潔い生き方が尊重された時代背景があり まさに青春を謳歌した学生時代である。 反面 安田講堂が占拠され、新宿騒乱などという如何わしい文字が並ぶ時代でもあった。しかし そんな歪んだ時代に君たちの精神は歪んだか?と問われれば 皆々否と答えるだろう。自己の確立に関しては皆一様に一本の筋を持っていたものだし 賛成反対の両極がともに暮らせる時代でもあったわけだから・・・。青春時代のあの頃 佳き日々だった。



さぁこれで この山に登る理由が見つかった。野地♨にタクシーを予約し、塩沢♨からの循環登山にするか? 「俺たちの百名山」、、、考えるだけでも楽しいではないか。
d0237340_22323381.jpg

by tabi-syashin | 2012-10-20 22:04 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

d0237340_1120212.jpg
うちの姉の青春時代は たぶんこんな感じ。(五色温泉スキー場 昭和44年3月)
立教大学ハイキングクラブ http://mizube.gnk.cc/180.html


今日は朝から良い天気 泉ヶ岳は登山客でいっぱいだった。
秋の行楽シーズン 街から離れて郊外に出る人もいれば 泉ヶ岳に登る人もいる。
で、、、今日は恒例のイッズミー芋煮会の日。
かれこれ10年間 毎年欠かさず芋煮会は続けられている。

車には さほど欲のない(笑)カメラが好きな方、山が好きな方、
単に 運動しようぜという方 とで 
少し早いが 来年春からの旅への思惑を考えた。

ミズバショウ・ニッコウキスゲを見たい。
月山や鳥海山、秋田駒や早池峰も登りたいなど 
カメラ中心な話だったが話題だけは豊富。

まず 何といっても仙台市民の山、泉ヶ岳。
写真をソチコチ撮りながら 各コースを巡る。
次に 体力的に安全マージンの高い尾瀬などを巡り、
秋のシルバーウィークに備える.。

佐瀬さんの学生時代の昔語りで・・・郷愁の地をのんびり巡る。
旅的な上高地から山岳的な涸沢か穂高か? 
新穂高温泉から槍平、のんびり槍ヶ岳か?(笑)
焦らず確実性を求め 実行してゆきたい。

百名山志向など さらさら持たない気楽さ所以だ。
今年 僕の計画実行率は震災の年からぐっと上がって 
昨年対比160%ほど。だから 大抵は実現できるはず。

d0237340_13364222.jpg

こんな資料がネットに載ってたんですね。
記録を残すというのは 過去を知りえるということだから 
けっこう大事なんだなって つくづく思った次第。
さて週末・・・天気も良さそう 紅葉狩りにでも行ってくるかな?
by tabi-syashin | 2012-10-15 11:20 | a la carte | Trackback | Comments(0)