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鳳鳴四十八滝 作並

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今冬一番の寒気が入り、ようやく仙台でも7~8㎝の積雪。喜多方、米沢、新庄、横手の方々の消雪予算は既に底を突くそうで。太平洋側では乾燥注意報が発令されっぱなし、この天候を待っていたこともあり眠い体ではあったがハイランド入口まで急いだ。朝は陽が射す天候だったのに作並街道は小雪混じりの風が吹いていた。今日は鳳鳴四十八滝というところ、その上流はニッカウィスキーの新川工場、画像の山、鎌倉山が仁王立ちする。

PENTAX K5, DA18-135mm WR  トップ画像:(WB) 昼光色  他画像:(WB) 太陽光
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PENTAX K5, FA77mmLimited  
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PENTAX K5, DFA100mmMacro WR
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この15m滝の下部は ゴルジュ帯となる。幅2mほど崖の高さ30mほど長さ500mほど 平地の岩盤を削り取った峡谷を構える。仙台YMCA山岳会は昭和40年代にこの広瀬川を源流まで踏破している。
PENTAX K7, DA18-135mm WR
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by tabi-syashin | 2011-01-31 21:21 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

一番大吉

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大崎八幡神社ですが 神官も大忙しです。
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一番大吉の神籤です・・・ほんとに あるんですね~、、驚きました。
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by tabi-syashin | 2011-01-25 21:29 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

縁日  仙台東照宮

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第4日曜日の午前中は仙台東照宮の山門前で骨董市が立つ。値段は相当高く記されているが そこは貴殿の交渉次第。半値ほどでも少々高いと思われるが その道の人たちには喉から手が出るほど欲しいモノ、妥当なんでしょうね~。
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by tabi-syashin | 2011-01-23 10:50 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

次は 立春ですね。

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HCCSよりお知らせ

今年の ヒストリックカーミーティングは
4月16日、17日の2日間
仙台市民広場を会場として開催予定
目下、準備中です。
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by tabi-syashin | 2011-01-22 21:01 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

割烹東洋館  向山

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創業は明治40年、杜の都仙台に旅情を誘う東洋館あり、眼下に広瀬川の風情を愛でながらの会食はいかが・・・
ネットで「東洋館」のホームページを開くとそう書いてある。さらに続けると・・・

東洋館は、仙台市内から広瀬川を隔てた丘陵地の向山にあります。 この地は伊達藩政の頃建立された大蔵寺(*明治21年廃寺)の境内で、藩祖伊達政宗の御廟である瑞鳳殿に隣接する由緒あるところです。創業は明治40年。当時のままの木造建築は、歴史の重みを伝える重厚さとあたたかなくつろぎを醸し出しています。どのお部屋からも市内の絶景を一望でき、優美な桜、豊かな緑、艶やかな紅葉、清浄な雪景色、春夏秋冬いずれの季節にお越しいただいてもじゅうぶんご満足いただけます。お料理は、四季折々の旬の味わいを、個室でゆったりとご満喫いただいております。また、古い建物ながら随所にバリアフリーの工夫を施し、従業員一同すべてのお客様にお気軽にお越しいただけるよう心を砕いております。ぜひ、当館にお運びいただき、杜の都仙台での満ち足りた時間をお過ごしくださいますよう、お待ち申し上げております。              

                        ・・・以上がネットでの口上である。
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さて・・・きれい事ばかりも言っていられない。。。地方が中央を仰ぎ見る、もしくは中央のさじ加減ひとつで地方の行政が左右されるといった「公務員の南北問題」といわれる「官官接待」、その極みは「ノーパンシャブシャブ」だというのだからナサケナイ。これで世間から顰蹙を買い「公務員天国」は地に堕ちた。快楽の極みを不夜城新宿の夜に任せた民間も裁かれるべきだが、それにしても芸がないではないか・・・お座敷遊びのほうがよっぽど味わい深いのに(笑) 底にバブル崩壊の流れがあって割烹も閉店の憂き目にあった格好、「新宿接待」は割烹文化の衰退にもよるのだ。

宮城県庁の横手にあった400坪の「八百粂」、2004年2月28日に営業をやめている・・・あの場所 二日町北四番丁交差点角、黒塗りの公用車が滑りこんでいた門も塀越しの竹藪ももうない(今はオンワード樫山の仙台支店ビル)。医学部教授会の先生方も通わなくなったし 各種学術会議は宴会先の指定をやめた、、、八百粂はそうやって時代の流れに包囲され店を閉じた。腕の立つ板前は仙台を出てしまっただろう。「大阪吉兆」同様、経営者の失態やら世間様の変容やら、彼ら板前にとってはとんでもない時代のシワ寄せだ。

いまや 仙台唯一となった割烹、その老舗の料理を戴きに「東洋館」を訪ねた。もともとは茶屋で、明治40年に日本料理の割烹として創業以来の古い木造建築を使っているという。パンフには土井晩翠や阿部次郎ら文人たちが訪れ、文学論に花を咲かせたと書いてある。割烹というよりも茶屋の発展形のようだ。

仙台駅からタクシーを拾い、南町通り一番町交差点を左折し東北大北門、同金属材料研究所前を通り、霊屋橋をわたって広瀬川を左手に見下ろしながら鹿落坂を登った。運転手は学術会議で来仙される先生方をこんなルートでお送りするのだろうなぁ?と いかにもそう思わせる顕著な観光コースを走った。着いた所は伊達御廟瑞鳳殿の裏手にもなる。仙台藩以前の奥州街道は大年寺山を東から迂回し山の裾を辿るように鹿落坂を下って米ヶ袋に至ったとされ、東街道の愛宕越路という名が示すように越えるのが険しい道だったと語られる。

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料亭の緊張感から「玄関先でもたもたするかな?」と思っていた矢先、車のドア先には番頭がもう迎えに出ていた。割烹というと雰囲気に圧倒され気後れしそうだが・・・今は全然そんなことはない。会津割烹萬花楼でもそうであったが、客が大仰であればあるほど店側は逆に安心もするのである。とはいえ品の良し悪しの採点は車を降りた時点で熟練番頭に見透かされている。上辺だけの華燭でやり過ごそうと計らっても、そこはしっかり値踏みされているのである(笑)

黒い小石を敷き詰めた三和土で下足札をもらって、次にコートの預かり札を貰うのだが コートのポケットに突っ込んだ中身をいきなり出しカメラの小道具たちと一緒にバッグにつめかえるわけだが、客としては「間のとりよう」がない。小さなテーブルが用意されてあればバッグを床に置かずにゆっくりと一連の動作ができると思えるのだが、、、まぁ、ちょっとの小言である。

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失礼ながら ここの割烹はカビの匂いがしなかった。風邪の治りかけなので嗅覚の鈍さはあるのだが、部屋に案内される暗がりの廊下に必ずといってよいほど一瞬カビ臭さが漂う角があるもの、、、だが明治末期から1世紀を経ても匂うことはなかった。こちらでは雨風の修理はきちんと為されているに違いない。

敷地東端にあたる八畳二間の個室に通される。黒いテーブルと椅子、贅沢な御座敷だ。高みからは、眼下の仙台市内を経て太平洋までが眺められる。広瀬川の流れにそって、上流から霊屋橋、県立工業高校、学院大六軒丁キャンパス付近、そして愛宕橋。学生時代に闊歩した下宿の地、土樋、鹿ノ子。雪囲いの庭をはさんで青い思い出が手にとるように過っていく。いつも対岸として眺めていた向山を 逆にこうして見下ろす懐かしの風景は格別だった。

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先付けは自家製梅酒が添えられ、前菜に青こごみ、みずなど一般では手に入らない、季節を先取りした山菜が並ぶ。どこから仕入れたのだろう?いぶかるほどの春の山菜たち・・・、さすがに割烹だ。板前の冴えは仕入れのルートまで確立させている。ひと口サイズの前菜に盛られた煮こごりが旨い。今日の味わいの露払いである。うっ、忘れてならん(笑)酒は浦霞の燗つけである。勝山でもなく 天賞でもなく 浦霞が選ばれている。昔は勝山か天賞だったろうに・・・。

造りではボタンエビの飾りが見事だった。さらに逸品と申せば・・・潰した大根に牡蠣をとじたもの、さらに白子の天麩羅などは絶妙の味だった。どこぞの女性ブロガーのように焼き物 煮物 揚げ物などの画像をたくさん並べればよいのだろうが 山菜を小正月の膳に並べた板前の“粋”を感じ取れば、どれをとっても上品な割烹料理となろう。それより美味しい料理と贅沢な雰囲気、時の流れ、文人墨客・先人たちの座興を想像することの方がよっぽど楽しい。


昼膳は とてもお安い。。。
ぜひとも次回は夏の夜景を眺めながらの宴をしたいものである。
生きるがうちに是非一度。。。
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by tabi-syashin | 2011-01-16 14:04 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

Olivetti" 1972

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この Cafe Mozart には Olivetti タイプライターが飾りとして置いてある。実に、大学を出て初めて勤めた会社がこのタイプライターの日本オリベッティ社だった。

全国のキャンパスが入学時から卒業時まで学生運動で盛り上がっていた時代だけに、就職活動などしたことがなく 意図して筆記試験のない会社を選んで(笑)就職課の求人募集要綱のままに出向いた。活動家連中のアジテーションが響くキャンパスで、少し後ろめたい気持ちになり背中を丸めてしまう自分だった。後にも先にも就職活動といわれるのはココだけなのだからと自分に言い聞かせたし、同時にそれが仲間への言い分けでもあった。入社試験はあるテーマに基づいて「集団討議」という方法。三次募集ということもあってか、たしか受験者は7名だったような?思いのほか少なかった。「合格基準に達すれば合格させます、履歴や縁故などを問いません」と試験官がいっていたので「これならいけるかな」という期待もあって真面目に面接した。運よく仙台支社から数名がピックアップされ、自分はその一人となった。

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やがて、11月だったろうか?通知通り二次面接を受けるためolivetti本社に全国から数十名ほどが召集させられいよいよ二次面接。本社近くの雅叙園の和室に移動し、20名ほどのグループに分けられ一次試験同様、設問が示された。これも討議とあって不勉強な自分は本音で安堵した(笑)互いに論議応酬しあうことは学生運動のお陰か?苦にならなかった。面接官である人事課長総評があり「君だけが数字に関する発言をしていたね」と着眼点の違いが他者を抜いたらしく、通知結果は合格。当時としては珍しい、学業知識に左右されず討議で人選する画期的な入社試験制度。筆記試験の成績やIQ(知能指数)よりも生身の人間の発するEQ(感性指数)に視点を置いていた。良い手本が既に40年前の日本にあったことは僕にとって凄い出来事だったと素直に思う。現在の勤務先でもこのEQセンスを養うことを第一義に新人・後輩を指導している。
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さらに当時 週休二日制を導入していた画期的な会社だった。富士通 日電 IBM 電通 日本コカコーラや第二地銀でも採用したばかりの制度だ。初任給は64000円、分かりやすく言うと 国分町で飲んで毎夜タクシーで帰っても暮らせる給料だ。職級が上がる度に研修制度があり、同期入社30名ほどの新入社員は3ヶ月間の研修を箱根小涌園で受けて後に配属辞令を受けた(研修で使われたテキストは「IBM-360入門」)。そんな所にも魅力を感じた、実力さえあれば職級があがるというのは年功序列型の日本では画期的な考えだったから。半世紀近く過ぎてこの会社の悪口をいうOB社員は周囲には一人もいない、理想的な会社だったと僕は思っている。当時、日本に上陸してまだ10年ほどであろうか?目黒の碑文谷に日本支社はあった。社長はルチアーノ・コーヘン イタリア人だ。社屋は平屋の立派な美術館のような建物、中に足を踏み入れるや驚きの連続だ。そちこちに絵が飾られ、さらにどの部屋の机やパーティションも統一され、カラーリングも統一されていたのである。鶯色に藤色に藍色、これらに時々赤が入る。黒が調色されてるのでどの色もくすんだ感じが堪らない。玄関から奥の部屋までずうっと渋いカラーリングは黒い縁取りでなお引き締められ見事にバランスを取っていた。さすがにイタリアの会社ってのは「オフィスからして 捉え方が違うんだなぁ」と田舎者はブッタマゲタものだった。昨日まで公安に追われていた学生たちは、今日から「学生服を着たまま」民間企業に滑り込んだ。活動家の大半はそんな感じで企業に就職した・・・1972年の春だった(つづく)


PS.
何種類かolivetti製タイプライターにはモデルがあって・・・
僕が好きだったのは 鋳物でかたどられたモスグリーンの Lettera 32(英文学専攻の姉が既に所有していたのには驚いた)と
パッケージも一緒にデザインされた、真赤な Valentine だった。
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by tabi-syashin | 2011-01-14 19:40 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

冬の陽光を撮る

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冬の陽光、、、明るいが弱そうな光、でもコントラストだけは強い冬の光・・・
それをカメラに捉えてみたい と思っていた
今日 いつものCafeで そのチャンスが巡ってきた。
問題は、、、レンズである。。。

カキカキに輪郭を際だたせた「ハイビジョン」が主流となっているので・・・
カメラレンズも同様なデジタル設計になっている。
だが どちらかといえば、フィルム時代に設計されたレンズの方が 
柔らかい冬の光を捉えるには好ましい・・・そう思ってるので
少ない手持ちレンズから、頭文字に"F"の付いたフィルム用の
FA50mm と FA77mm Limited の2本を選んだ。
このレンズなら 午後の光を柔らかく捉えてくれるに違いない。。。
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冬の陽は 部屋の奥までその光を射しこませるのだが
青い膝掛けが置いてあるベンチが今日の陽射しの限界付近。
案の定、光の当たった青色がコントラストの堕ちた周囲によって引き立てられた。
使われ続けたであろう膝掛けの青が、寒色から温色へと自分を脱ぎ換えた。
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その昔、山は斜光線だ!とかいいながら、CONTAXをよく山に持ち出した。
あれから25年ほど経過したが、Carl Zeiss社のとろけるような写りが好きで 
いまでも似た味わいの FA77mm Limited を愛用する。
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by tabi-syashin | 2011-01-09 11:04 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

青葉城石垣

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青葉城に向かう最後の右カーブに差しかかった所で 
城郭の上に良い松の枝が見えるシャッターポイントがある。
今まで気にも留めなかったけど、スナップ的には良いアングルだなぁと思えた。
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PENTAXの青色はいつも濃いなぁとは思うのだけど 
こうして切り抜くと程良い感じに見えるから不思議である。
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by tabi-syashin | 2011-01-04 11:57 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

キュン・・・と

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日の出を納めようと 5時半に家を出てはみたものの 
昨日に次いで今日も曇り空、あ~ぁ~ と諦めムードで走っていたら
七ヶ浜で 日本神道の信者の方々であろうか 
今年初のお水かぶり、「禊の行」を為さっていました。
慌てて カメラをセットして露光もぶっつけ本番で撮りまくりましたが・・・ 
ホワイトバランスと少し明るく撮れてしまったことが反省点。
露出の修正を若干行いました。

にしても いやあ同年輩と思われる方々を見つつ・・・ 
人生甘いもんじゃないね こんな修業を自分に課してる方もおられる。
かくいう自分は 箱根駅伝を見ながらお酒を戴いてぬくぬく怠惰そのもの。











by tabi-syashin | 2011-01-02 22:48 | Miyagin | Trackback | Comments(0)