人気ブログランキング |

カテゴリ:Mount Asahi( 41 )

d0237340_20362592.jpg

小朝日へ登る途中、古寺山を振り返る・・・。

みんな なじょして山座同定してるんだべが? ちょごっと教えでくんち?
たとえばだげんちょ 朝日連峰の山座同定やったらばはぁ 何ぼできるんだべが?
教えでくらんしょ 今日の写真、みんな古寺山と小朝日頂上から撮った写真だべした。
はて?

山頂で自分の眼で山座同定しようとした場合、 第三者の前で同定したばっかりに 不安が募りますよね?
間違いを訂正しようと思っても、嘘をついてしまったと後悔の念に襲われてしまいます。

山座同定には富士、鳥海、岩手、大朝日、飯豊、北股、磐梯、燧ヶ岳、男体、魚沼三山のように
万人が特定できる特徴ある形を 先ずは同定すること・・・これが基本です。

次に 正確な方位と位置関係で正しく同定できるようになるにはザックリ俯瞰できる地図がいいですね。

基本に返って、、、山座同定でもっとも頼れるのは近圏の「地勢図」であると思っています、今でも。
エリアマップじゃ不安が募るでしょうから、 もっと縮尺の大きな 20万分の1である地勢図!!、
「村上」「新潟 」「日光」圏内なら 同定確率が高くなるはずです。
東北の山であれば 「新潟」「日光」圏の山が手に取るように見えますから。

北アルプスの地勢図、「高田」「長野」圏は 東北圏から眺めた場合、裸眼ではほぼ不可能でしょう。富士山は特定できますが。
20万分の1の地勢図を2ブロック以上跨いで可視遠望できるだなんて にわかに信じがたいですよね。

山座同定するのは比較的近距離の山と 特徴的な山容をもつ遠望の山に限られるわけです。
その理由としては 山座同定というのは あくまで個人の趣味の範囲 お楽しみだからで~す。

さて カシミールですが・・・

東北から北アルプス? 僕なら裸眼で見えたとしても公言しません(笑) 言えば、一笑に付されてお終いだからです。
「できた」一人称が「できなかった」三人称相手に誇示している様はあまり宜しいものではないですよね。
同定なさる方は 現実的に 「遠望の限界」ということも頭に入れてください。「地球は丸い」ということをお忘れなく。
山脈の被りもあるので見えない場合があるし、家に帰って、撮った写真をカシミールで同定するとしても
カシミールでは同定できても 現実のデジカメ写真では手前の山脈の陰に隠れて見えない なんてことは幾らでもあります。

カメラで望遠撮影して後にパソコンで照合する・・・、パソコンの前では事件は起きないし・・・
のちのち赤面 なんてこともありません。パソコンを山頂に持ち上げ同定するというなら話は別ですが・・・ネ(笑)。


注意1
肉眼で見た景色とほぼ同じスケールに見えるカメラレンズは 50mmレンズ(フルサイズで70mmあたり)だそうです。どういうことかというと・・・18mmや23mmなどの 広角レンズを使用する場合、山のスケールは小さく・標高が低く写るので、その点 肉眼で比較した場合のスケール感よりも小さく思えます。撮影データをもとにカシミールアプリで同定する際には できるだけ肉眼に近いレンズを使って撮影するといいはず。山の高さもスケール感も 肉眼のイメージとそれほど違和感がありませんので。

注意2
ソ連の衛星が意図的に間違いを流さないということを前提にするなら、、、GPSのメリットは 「自分の現在地」が分かる点ぐらいかな? でも それに頼っていると ①我が眼で見た方位や ②特徴ある何かとの比較的位置関係や ③連峰の全容などが捉えにくくなる恐れがあるでしょうね。「救助されやすい」、進路補正などのGPSのメリットはあるけど、まあ、④電池が切れたらそれも一巻の終わりですね(笑)

追記
昨日8/15、このページのアクセスが甚だしく上がりました。
そこで、山座同定について もっと内容を詳しくし、書き加えも行いました。

d0237340_10541937.jpg
小朝日

d0237340_11593627.jpg
小朝日と大朝日

d0237340_10551338.jpg
大朝日と中岳

d0237340_11425736.jpg
中岳と西朝日岳

d0237340_1144314.jpg
手前尾根は竜門~ユウフン~清太岩。奥の尾根は南寒江、寒江、北寒江そして雪の沢を抱えた以東岳

d0237340_11461226.jpg
障子ヶ岳 ずっと右奥が赤見堂
by tabi-syashin | 2013-08-16 11:14 | Mount Asahi | Trackback | Comments(2)

小朝日岳 鳥原山循環

d0237340_7362846.jpg
SIGMA DP2 Merrill
朝日連峰の前衛峰 小朝日岳

突然 今日しかないということで 例年恒例の「終戦記念日登山」をしてきた。悪天候で敗退してばかりいた朝日連峰だったが 今回 小朝日岳~鳥原山の循環登山ができた。学生時代を思い返しながら 暑い暑いジリジリ灼かれながらも無事帰還。

古寺鉱泉から樹林帯の葛籠折れを30分も登れば枝尾根に乗り上げるが そこから一服清水にでる辺りになると・・・左斜め上に古寺山が樹木の間からチラチラ見えはじめる。先ずその高さに驚いちゃうw あそこまで登るの?という思いと 先行きの忍耐と不安とで心が萎えちゃう気がする。山に負けちゃいそうになるんだねw 

そこで大事なのが作戦。長年の経験で 焦って一気に登っても、休み休みゆっくり行っても到達時間に大差が出ないことは分かってるので・・・、「高低差300mを1時間ほどで登る」と設定して 20分ごとに数分ずつ休憩を入れれば1時間で登れるなぁ・・・と大方の見当をつけるわけ。ベテランになればなるほど 速度は遅いけど結果は若者と一緒に山頂に達する という不思議な技だw 「1時間を3分割して登る」 これが秘訣ww

自分なら・・・花の木峰からの20分はチンタラ登って 次のコンターラインが込んでくる急登部分をフルパワーで20分費やして さんざ清水(三沢清水)からの20分を流して登る・・・こんな風に作戦を立てる。意外に楽に登れるはず 「分割作戦」がお薦め。

d0237340_7451268.jpg
SIGMA DP2 Merrill
大朝日岳から中岳(小朝日岳山頂のチョイと手前から)

せっかく標高を稼いでもまた降りる、その繰り返しというのが「沢登り」にはないので 夏道登山がこれほどキツイものなのかと思いしらされたw さらに持ち上げる水の重さも考えられないほどw 沢登りならせいぜい500ccの空ボトルのみ(他、全てアルコールだから)w これが夏の登山というものなんだねw 久しぶりに体に応える夏道山行だったw 

ちなみに持ち上げた水は 純水1㍑ ダカラ500cc キリンソルティライチ500cc 保温ポット(湯)500cc 計2.5リットル。 山中で得た水は 一服清水で500mm 鳥原山の清水入れ替えで500mm  両方合わせると3.5リットル。 一服清水と鳥原山で500ccはがぶ飲みしてるので4リットルは完全消費したかな? 帰り道、大井沢の温泉で体重計に乗ったら68.5kg、、、 1.5kgも体重が落ちていた ヤバ~ぁ!w

d0237340_20305793.jpg
SIGMA DP2 Merrill

稜線ダケカンバの枝振りは見事。見えるは古寺山

d0237340_7471637.jpg
SIGMA DP2 Merrill

上が障子ヶ岳 下が御影森  
今年は林道が豪雨で破壊され 障子ヶ岳は秋までお預け 祝瓶山だけは紅葉の季節に登りたい

d0237340_7482136.jpg


主峰の大朝日ではなくどうして小朝日なのか?と、先日の古寺鉱泉の宿主から首を傾げられたw 不人気だということがイコール山の魅力の無さなのか?・・・ そうではなく順光で大朝日を眺めるのならここしかないから それと静かな山行ができるから さらに雨が降ったら 畑場峰経由コースを使えば濡れずに鳥原~古寺間が歩けるから また夏の日差しを避けれるから などが答えだ。

現実にこのコースを歩いて出会った登山者は小朝日岳下山直後に2名 鳥原山頂で1名 朝日鉱泉の宿がらみ2名 ブナ峠分岐で2名 合わせて7名。人気の大朝日とは対照的に静かな山を楽しめる。もっともワイワイと煩雑さを敢えて好む淋しがり屋の人もいるので何とも言えないけどw。 

そういえば 駐車場でも関西弁 古寺山の山頂でも関西弁の方々に会った。 今日が大朝日で明日は飯豊に行くとか、、、さすがにピークハンターだなと思う。 もっとも体力が残っていればいいけどな。 

次回は角楢から大朝日を歩こうかな?体力のあるうちに・・・w

d0237340_7595456.jpg
SIGMA DP2 Merrill

小朝日岳と大朝日(鳥原山山頂から)

d0237340_9324115.jpg

備忘録 (*写真の撮影データより時刻を記入。 コースタイムとは無関係)
古寺駐車場0531 一服清水0709-0724 花の木分岐0737 サンザ清水0839-0855 古寺山0925-0945 トラバース分岐1020 小朝日岳1046-1100 鞍部1159昼飯 鳥原山1251 鳥原小屋1321-1341 田代清水(枯れ)1520-1530 ブナ峠分岐1540 古寺鉱泉1638 *ブナ峠分岐から古寺鉱泉までで 2回もバテ休憩をとった 意外に侮れないコースだった
by tabi-syashin | 2013-08-16 07:40 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_1334627.jpg


さて 前日発山行となると、、、着てゆく服にも気を遣う。 旅の宿というか 山行前日なので登山服で宿を訪ねるにも気が引けるし 山小屋みたいな旅館みたいな宿だし・・・夏だし・・・、、、。

最近、綿シャツで山に登ることが多くなった。 ズラリと店に並んだ山用品に手を出すことってありえないというか 皆一様に同じメーカーの同じ柄のシャツで同じ登山道を歩くって そんな状況は自分の感覚的にはありえない、逆に 人さまと違うのが自分らしいと 心のどこかで思ってる(笑)

今回は温泉宿投宿も計画に入っているので・・・、アロハシャツで行こうかなw・・・ というわけで 選んだのは 紺色の Patagonia のアロハ(通称パタロハ) いちおう山なので・・・少し地味めに済ますw ま、好きなパタゴニア製品なので 後日 これはこれで別ブログを書いて想い出に記しておきたい。じつは、、、パタロハはボタンのところの前合わせが凝っていて、合わせ部分の絵柄が上下ピタリ重なるように縫製されているのだ。少々お高くできてる。

d0237340_22383094.jpg

防火水槽の奥 源泉槽がある。。。

前段が長くなっちゃったけど さて 宿の娘さん(先代のお孫さん といっても適齢期の娘さんだが)に案内され 部屋で一息ついたところで一風呂浴びにゆく。

洗い場が以前より広くなりシャワーが使えるようになって「客ウケ」にはかなり努力されているのが窺える。なんでもここの湯は肌がヌルッとスベスベになるらしく温泉通もやって来るほどの秘湯中の秘湯。 経営努力の積み上げがあってこそ現在があるわけだが 名湯があったとしても経営が存続するとは限らない。秋の宮温泉の某旅館のように名湯であっても客が来なければ潰れてしまう。

その様に考えると(50年も流れた時代背景を無視して言えば)日本秘湯の会指定の「提灯旅館」が今もって「秘湯」と称するなどはチャンチャラおかしくなる。秘湯を守るとは「生活する上での不便や困窮も何もかも受け容れて質素に存続する湯宿」のことだ。厳密にいえば1980年代のバブル期に秘湯はこの世から消えた。

そのうえで「提灯旅館」が「秘湯」という看板を下げるなら それは郷愁を求める日本人の心を利用した商業主義以外の何物でもない。いっそ「郷愁の宿、浪漫の旅 旅行会」とでも名乗れば、潔いと思うのだが いかがなものだろうか 朝日旅行会さん? 

風呂に浸かって 登山道を眺めながら欠伸びをしてたら 宿の娘さんが男性が入浴中だというのにドアを開けてくるので驚いた。 仕切り戸のガラスに若い娘の影が・・・迫ってくるぅぅぅ! 

「すみませ~ん!」 生身の娘が男の湯浴みに声をかけるだなんて、、、不埒なw 次に顔を出してくるつもりだろうか? なんて・・・妄想がガンガン働いてしまうじゃないの(笑) この俺を単なる「好々爺」とでも?「アンパイ」とでも? オジョウ、甘いぜ(笑)
「湯加減はどうですか~?」ととと、一番風呂の客に湯加減を尋ねるだけ? なのだそうだ。 胸中、「お背中流しましょうか?」 とでも言ってもらいたかったなぁぁぁ。焦った・・・ けど 妄想は愉快だ(血圧 一気に上がったんじゃねえかぁ?) チャンチャン。

ここの鉱泉は冷泉だから竃で風呂を焚く。自然の中なので薪には困らなさそうだけど 下の駐車場横に薪が積まれてあるところを観ると 実際には購入しているのかもしれない。今夜の風呂竃を焚くのは娘さんらしい 時々、裏庭を碧い煙が漂う 風に乗って煙りの匂いが部屋に入って来る 。
 
d0237340_13593972.jpg

窓から裏庭を見下ろすと 満水となった防火用水槽の隣りに「源泉槽」がポツンとある。屋根もかかっていないし管理されてる様子がない あぁ勿体ないと思えるほど野晒?いや、野趣満点なのだな。とにかくここはセコセコしていない土地柄のようで万事「ナスがママ、キュウリがパパよ」なのである。

さてさて 夕暮れの瞑想タイムも妄想タイムにとって代わるころ つまり飽きたわけだが 何気に時計をみてもなかなか針が進まない、、、ここだけ時間が鉱泉オリジナル、いい感じの流れなのだ。風呂上がり、缶ビールを飲みながら時間をやり過ごす 川に出て写真を撮って時間を潰す それを2回繰り返したが それでも夕食までたっぷりと時間がある。効率という現代の「美徳」も ここでは顔なしである。

効率と言えば この鉱泉宿も今は常夜灯としてのランプを階段に灯すだけになってしまった。朝の6時から宿の主人が対岸の発電小屋に出向いて ディーゼルエンジンを回す。 山小屋?経営も二代目となると合理的になってくるもの。先代は冬でも豪雪のこの山中で暮らしていたが 二代目はさすがに里に下りるそうだ。衛星電話に衛星放送に自家発電にLED・・・それでも 辺鄙の最中に暮らすのはタイヘンなことだ。
d0237340_1464286.jpg

d0237340_5391097.jpg

d0237340_1415197.jpg

by tabi-syashin | 2013-08-11 13:36 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_12321672.jpg
FUJIFILM X-E1
早朝5時のモヤッとした空気の中 登山者が宿を発ってゆく。昨日も今日も 朝日連峰は雨の中、、、雨上がりのつかの間 意を決して山道に挑む (あ、僕じゃないよ 僕以外の登山者ね)。 朝日連峰の各沢は豪雨に押し出され運ばれてきた大石で埋まり 倒木が橋桁に引っ掛かり橋のたもとの基礎ごと削られ通行不能 一般道も林道も登山道も崩れ落ち復旧のめども立たないている。で、追討ちの雨なのであるからして・・・せつない。ここにくるまでも 小桧原橋付近から通行止めにあって対岸に迂回させられたり 砂利が出たままのところがあったり 建設用の重機がいたるところに配置されたりしていた。

そんな中 唯一無事の古寺鉱泉は各地からの登山者で賑わいを見せていた。 しかし期待とは裏腹に 昨日も今日も朝日の山頂は土砂降りなのだそうだ。帰り道も心配になるが 無理して雨の中を登山しても白いガスに囲まれるのは目に見えている。雨に濡れながら登る気もしない ましてやピークハンターではないので次回の好天に登ることとする。 いままで待ったのだから もう少し好条件の時を狙おう 秋まで待っても構わないほどだ。 

さて、これで朝日山中で泊まっていない小屋は「角楢小屋」を残すのみとなった。 まだ歩いていないコースは長井の葉山からのロングコースと三面からの超ロングコースの2つのみとなった( 行かないと思うけど)、沢屋あがりの身としては上出来だw まあ せめて三面から道陸神峰までは歩いてみたいとは思うが・・・残念ながら道が分からん?
d0237340_1250555.jpg
FUJIFILM X-E1
というわけで 初日は夕刻の晴れ間に沢の石や流れを撮って遊んだ。カメラのスペックをかなり変更したので色味が変わったかもしれない。コントラストがかなり強めに出る傾向かな? 手造りの橋をじっくり見ると・・・、そうとうに背高い電柱ブナを2本並べて渡して それに板を打って橋にしてある。 すっごく単純で分かりやすい橋だ。この橋と流れをモチーフにして30枚ほど撮影した。
d0237340_1311590.jpg
SIGMA DP2 Merrill
d0237340_1321817.jpg
SIGMA DP2 Merrill
d0237340_13213496.jpg

d0237340_1332126.jpg
FUJIFILM X-E1
by tabi-syashin | 2013-08-11 13:03 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

ブログ再編の為 既出の記事(2012年03月12日)を、 「そろそろ朝日にでかけるかシリーズ」 に組み込んでみた。これで、朝日に傾注していた昔日の在籍山岳会の様子が少しだけでも 関連付けて分かるはずだ。この再編集で「そろそろ朝日にでかけるかシリーズ③」の文中に出てくるリンク印*と照合するはずだ。

d0237340_0201562.jpg

机の奥から、珍しいネガフィルムが出てきた。どうやらY山岳会在籍時代の正月合宿出発模様らしい。1996.12.30、、、この年の正月合宿は例年の大井沢あたりではなく 夏と同じ山域、大鳥から しかも茶畑山からの以東岳ピストン山行だった。さっそくスキャナーで読み取り、デジタル化してみた。フィルムスキャナーは EPSON GTX820(6400dpi)。ゴミも映ってしまうが ゴミ取りの時間がないので勘忍ねがう。1枚目は山形県大鳥地区の旅館朝日屋。2枚目以降は朝日屋旅館から繁岡地区の最奥地点まで進み・・・、晩秋に依頼してあった民家の空き地に車をデポして、山行出発直前の装備を整えているところ だろうか。

d0237340_0205098.jpg

当時の仙台Y山岳会は会山行 個人山行ともに活発に計画されていて 会員数も現役会員・OBともに多く、良き時代だった。珍しいのは下の集合写真で・・・山岳会の歴代運営委員長が七人も写っている。夏の沢登りも冬のスキー山行も「朝日連峰」山域が多く組まれた時代。前年は八久和川水系湯井俣川で終始したと思うしその翌年も八久和だった。両年の股に挟んだ冬合宿も2年連続で朝日連峰 明けても暮れても朝日、朝日だった。。

d0237340_0211424.jpg

この翌々年の1998夏合宿中、八久和川の各支流に入渓中の各パーティに無線が飛んだ。「海外遠征中のSが遭難した」・・・、この写真の彼は微笑んではいるが。仙台からの急報伝令は早朝に仙台を発ち大井沢に出向き、障子ヶ岳に登って山頂から10時の定時交信に間に合ったというから さぞ心臓破りの任務だったことだろう。合宿3日目、既に八久和川から出合川の戸立沢に進んでいたパーティーは、無線受信後にオツボ峰経由大鳥池泊での下山計画に変更し、主流を辿るパーティは天狗角力取山の急登から竜ヶ岳経由でそれぞれ急ぎの下山となる。

Sが遭難した山は中央アジアのキルギスタンとタジキスタンとの国境にあって輸送経路がカザフスタンからウズベキスタンとキルギスタンを通過し、内戦中のタジキスタンとの国境線を軍用ヘリで通過しなければならんという所で これらの情勢が遺体の引き取りに相当な決意を覚悟させていた。結果は各国との了承をとり、さなかカザフ軍のヘリを飛ばすことになるわけだが。これが他国の領土をまたがって飛行する為に アラブゲリラとの予期せぬ戦闘など日本では考えられぬほどの危険性や事務手続きや国を相手の気遣いがあった。

遺体引き取りという遺族の意向に関わらず、現地で荼毘にふされるか 現地の葬儀形式に倣うかであったわけだが、遺族の要望どおりに遺体収容となれば必至の使命感が漂ったのも当然だった。それらを外務省に伝え現地の駐在員とのやりとりも不良な通信事情などもあってこれまた大変だった。アラブゲリラの戦局を掻い潜っての外務省カザフ大使館員の物怖じせぬ行動力や KDD電話交換手の現地語対応などにて念願の遺体収容ができたわけだが 外務省日本大使館ならびに関係各国の皆々さまには言葉に尽くせぬほどのお世話になった。当時を偲べば歯がゆかった自分が居て、今でも無性に涙がでてくる。
 
仙台での遭難対策本部を担う自分ゆえに経過を克明に覚えているわけだが ロシア語交じりの国際電話に苦労させられた、、、まるで通じないのだ。カザフスタン、、、じつに遠い国だった。一週間後、日航機が成田に到着した時には緊張から解放されてか 皆がいる前でボロボロと泣いてしまった。その後 カザフのとなり内戦中のタジキスタンで、お世話になったA大使館員が凶弾に倒れた・・・とNHKニュースで報じられた。Sの遭難から僅か数ヵ月後のことだった。

d0237340_024327.jpg


この写真一枚が手元に残っていることで 当時の記憶が蘇ってくる。Sは塩釜高校教員として岩ヶ崎から転任したばかりだった。まあ 写真の威力とはそういうものなのだが、、、、その渦中に自分が居るということが事実を次代に残す役目を持たされたことにもなる。 これだから、とうてい写真は止められない。僕はこの遭対本部を終えてから数年間、 山に向かおうとさえ思わなくなってしまった。
d0237340_0215095.jpg

by tabi-syashin | 2013-06-24 13:34 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_10374267.jpg

市販の1/25000図  これをもって48歳になるあたりまで 未踏の谷に、山に分け入った。 
地図はもちろん平面だが  えんぴつで 水線(すいせん)を入れると・・・
山並みが浮き出て 尾根筋、谷筋が明瞭になる、、、「夢を手に入れる」ことを意味した。


d0237340_12505968.jpg


白滝登山口への林道入口には大きな伐り出し材が山積みされていた・・・ じつに圧倒された。

はじめて 朝日連峰に登ったのは大学1年次。 今から45年も昔w まだ18歳のガキタレだ。 小牛田町の学友タケシと吾妻連峰を縦走し 帰りの奥羽本線鈍行列車に揺られながら その夏の山行計画を打ち明けあった。 どうでもよい学生語りで 「朝日に行きたい」と自信ありげにタケシが言っていたのを真に受け いい加減な承諾で彼の構想実現が決まった。 

普通なら 吾妻の2泊山行直後だから ハイハイと聞き流すのだろうけれど それに自分の知識不足で朝日連峰が一体どこにあって どのような行程で 何が心をとらえるほど特徴的なのか まるで知らなかったので どうでもいい感じのOKOKの二つ返事だったと思う・・・? 板谷峠のスイッチバックあたりで睡魔が来てうつらうつら、福島駅で肩を叩かれ慌ててキスリングを担いで乗り換えるほど、いい加減な受け答えをしていたに違いなかった。 

吾妻連峰の次に朝日連峰そして安達太良と タケシの構想はどんどん広がっていくが 肝心の僕はといえばチンプンカンプンだったw まず 登山のガイドブックを読んでびっくりした。 山形の左沢線(あてらざわせん)で終点左沢までディーゼル機関車で行き そこから宮宿経由で朝日鉱泉まで小型のバスに乗るのだという。 が 夏季期間はほとんど毎週、登山バスは満員とかで乗れるかどうかが博打みたいなものだ とか。 とはいえ白滝まで臨時増発が出るというのでお盆の期間中なら行けそうだという知らせをタケシから受け 長井経由で左沢までとりあえず出てみることになる。もしも運よくバスに乗れたら、夏休み後半の日記は描かれるようになる らしいw (登山バス予約申込の往復はがきを出し返信が届いた、と連絡があった)

まあそんなわけで 初めての朝日なのだが相方タケシの思い入れにより実現したようなものだった。 入山は朝日鉱泉から、鳥原小屋で1泊目。翌日は以東小屋まで 最後の日は大鳥池から朝日屋経由で酒田まで。帰りは陸羽東線で帰仙 タケシとは小牛田で別れた記憶がある。 夜は飯盒炊き、朝ごはんも握った。 この山行で大朝日に初めて登ったがたいして感動はなかった。唯一の感動といえば、以東から見下ろした大鳥池かな。 ここで覚えた花がある マツムシソウだ。大群落が狐穴から以東までの間ずうっと一面紫に思えるほどワンサと咲いていた。きれいだったなぁ・・・。 

あの時代、山の価値観がレジャーとか趣味とかに明確に区別されていた時代だったと思う。ジャンルは 登山とハイキングぐらいだったと思う。あいまいなジャンル・カテゴリーはなく、単なるスポーツという評価ではけしてなく、思い入れや憧れやその人なりの背景などを背負って山に入ることが多かったように思う。「山と文学」という括り方も確立されていた時代だったと思う。 ましてや トレラン? 山小屋で宴会? ないないwそんなのあるわけない(笑)三人寄れば山岳会などと言われた時代、ほとんどが登攀ルートの開拓に関心が向いていた時代、、、こだわりといえば「山行は山小屋泊まり」それと「小説文庫本携行」だったということぐらいかな。昔はストイックな青年が山や谷に入っていたんだ。

酒もタバコもやらぬタケシ。毎日学ラン着て黒い革靴で一見右翼のようにみえたが 実に真面目で嘘をつかない男だった。上記の吾妻連峰縦走の前夜、我家に前泊したがうちの親も驚くほど律儀だった。そんなタケシも 5年前、山の彼方に旅立ってしまった。

d0237340_1119413.jpg

by tabi-syashin | 2013-06-23 16:07 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_2046188.jpg
PENTAX K5 , DA18-135 朝日鉱泉ナチュラリストの家

昔語り・・・。

最近・・・このブログ 昔語りが増えたね? と言われたw でもね どんな形や容姿で山に入るんだろう?とか食事はどうしてるんだろう?とか 思い浮かんだ読み手の問いに一つ一つ答えるのはケッコウ面倒なもの。昔語りのついでにブログに記録しちゃおうと思ったわけ。 そもそも車仲間に向かって 山の話をすること自体が違和感だらけだけど・・・w

なんでも伝えておかないと僕の半生を知らずに暮らす人も(今後)現れないとも限らないのでw 僕がどんな人物で 若かりし頃 脂の乗った頃 イッズミーを提起する10数年前まで・・・どんな風に生存してきたかを記録して置こうと思う。まさに自分録だけど これといった遺産もないのでせめて自叙伝風 ^~^
 
公に晒すことが どれほどの愚挙か百も承知だけど このどこか一部にw 真実が転がっていれば読み手には伝わるかな?と思っている。ブログを捲りながら僕や僕の仲間たちを知ってもらえればこのブログの役目は充分かなとも思っている。それは自分の為の記録でもあるけど 僕を知りたいと思う人の為にでもあるだろうし このブログを書いて 僕の体温・体臭が伝わればいいや そう思っている。なので今年は いや来年もしばらくは昔語りになるのかなと思ってるのでヨロシク。そういった意味で朝日連峰というのは 心に大きく残っているし 人間の強さという意味で精神面での影響が大きかったと思っている。

d0237340_21401313.jpg

d0237340_20161490.jpg

by tabi-syashin | 2013-06-22 13:38 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_641783.jpg


八久和(ヤクワ)には何回通っただろう、鱒渕から八久和峠を越えダムの湖岸を走った記憶が今も鮮明だ。仙台を夜9時に出ると現地着はいつも深夜。ダムサイトにブルーシートを敷いて入山祝いをする。満天の星、人工衛星が確認できるほど奥深い地の闇は深い。静かに明日の山行を確認する。2時間も経過しないうちにシュラフカバー1枚で仮眠する。 時おり、露除けのタープを掛けてゴロ寝だ。

夏合宿初日の朝。3時間ほどの仮眠を終え各自で朝食を済ませ 6時には出発。それぞれ担当の枝沢に入るのが8時ごろかな。初日は午後3時までに早めにベースキャンプに戻り、食当から一日分の酒の個人割当て分(ビールなら2本くらい)をもらって沢に浸け冷やす。ついでに皆で流木を集め焚火の準備をする。太い丸太はノコギリで切って火床にするまでが全員の仕事。それから火を熾す人、食事担当とがそれぞれ任務をこなす・・・担当は前週の例会時に発表される。

要するに 山岳会と称する所はそういう不文律めいたものがあって粛々と各自が準備をし 共同で一日の山行をこなす所だと思ってくれたらいい。 焚火を熾すのも全員の仕事だ。 雨の中でも雪の上でも焚火はできる。新人には先輩から指導 技の伝授があり そこで新人たちは雨降る沢での焚火を覚えていく。 
d0237340_215388.jpg


シバ(柴木)という細い枝を中に包み込むように だんだんと太い枝が組まれる。 火を薪の芯にあるシバに点け 火が点いたら組んだ焚き木をギュッと縛るように素手でまとめ押さえる。 最初の煙が出て来るまでジッとし組み上げた薪を押さえつける。 この時ばかりは皆で集中する やがて、煙が目にしみるように黄色くなる それが白く変化するようになると ボッ!と 最初の炎が勢いよく立つ。 ついでに、風上となる上流側から川下へ火が着くように薪の向き 風の流れに沿うように薪を置くなど工夫すれば 簡単に焚火は完成する。風下に座るのはいつも新人さんだ。

それから誤解があろうかと思われるので一言。ザックの軽量化とアルコールの量はやはり関連付けがあって 大酒のみは軽量化に倣った彼なりのアルコールを運び上げてくるw とにかく火の消えない限り持ち寄った酒も続く というか明日の分量を残し酒宴はオヒラキする。酒は合宿参加人数に比例して出てくるものだ。 でも 焼き肉の類は一切ないw あるのは玉ねぎ これをホイルに包んで火床の側に置いとくだけ。数分でできあがる バターか醤油か塩か味噌をつければ美味しい肴になるw。 じつに質素なものだ。

d0237340_645782.jpg

by tabi-syashin | 2013-06-21 11:11 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_2241010.jpg


小桧原川(コヒバラガワ)の向こうが湯井俣川(ユイマタガワ)。茂松沢から離森(ハナレモリ)に登って鍋森(ナベモリ)へと続く草原を確かめ北沢 楢山沢など向こう側の谷を降りてきた。50mもの直瀑、白糸滝沢も登攀した。北ノ沢、オリト沢、南ノ沢で赤見堂に出るし湯井俣川源頭で枯松山に出る。 夏合宿で湯井俣流域の枝沢ほとんどを踏査した、慣れ親しんだ流れだ。その左に丸森山、それを挟んで八久和川(ヤクワガワ)が出合川(デヤガワ)と名前を変えてずうっとこちらの紫ナデの北側にまで食い込んでいる。紫ナデの対岸は以東・エズラ・茶畑山だ。その頃、会の夏合宿では八久和流域の完結を目指していた。結果は海外遠征組の遭難事故*発生により緊急招集がかかり平七沢を辿って終わっている。翌年に完結できたはず、一度でいいので狐穴小屋(キツネアナ)にソロリと沢姿で現れてみたかったw しかし、あの海外組の遭難事故以来、僕はほとんど山に行かなくなった。遭難対策連絡本部を一月近く務め上げて 魂のほとんどを燃やしてしまったようだ。

月山の手前に赤見堂(アカミドウ)、その左手奥に離森(ハナレモリ) 鍋森(ナベモリ)、右手に石見堂(イシミドウ)が横たわっている。高安山~茶畑~以東と雪の紋様が虎斑のようになってるはずだ。朝日の稜線はたおやかで東北の峰々という感じ・・・離森の草原と池塘や赤見堂までのコンモリ感など地図を見ながら何とも言えない気分になる。

丸森山の左向こうにムカゲ沢を抱えて高安山が構えている。八久和川の入口に構える綺麗な山だ。朝日軍道の北端部、高安山のムカゲ沢遡行、最後の詰めが泥壁となりハンマーを打ち込みながら木の根を掴んで登った。フタマツ沢を下降する前に、灯明岩を左に見ながら眼下に八久和の流れを障子ヶ岳方面まで目で追った。その時は、一言 遠いなぁ・・・と思ったものだった。そういえば北面の高安沢での滝の捲きで落石に遭い、足の親指にヒビが入ったっけ。

まあ いずれも20年以上もの時間が経過している懐かしい山たちだ。果たして全座指呼できるかどうか?行ってみないことにはわからんw。そろそろ準備をしないといかんなぁ・・・。

d0237340_2285831.jpg

d0237340_648127.jpg
毎年冬合宿の準備で車のデポ地を確保するため現地に赴き、氏子世話役さんに神社前の空き地の使用を許可していただく。これで安心して3泊~4泊できる。ここ根子集落では、時々車の周りの除雪もされていたりして大感謝なのである。ここから日暮沢小屋まで7kmの雪道をラッセルで歩き通す。途中の堰堤で約半分、休憩だ。その後の詰めは日暮沢までだが、、、天候次第では小屋に泊まる覚悟もできていた。なんせ竜門尾根のラッセルが任務なので 清太岩まではなんとしてでもラッセルを済ませるのが循環尾根パーティを迎える日帰り組のド根性だ。 

ここ清太岩尾根で新入会員を一人、確保した。どういうわけか冬の朝日に単独で入山してくる若者がいて・・・、ずっと俺たちのラッセル跡を辿ってきたという。ゴロビツ辺りで斜度が増しさらに降ったばかりのモナカ、、、 ピッケルを持った両手で斜面の雪を腰の辺りに掻い込んで その雪を右膝、左膝とで圧し固め 右足左足を置き一段上へと登ってゆく。なかなか固まらぬわ 気を抜けば踏み抜くわ で遅々として進まぬラッセルだったが 一人100mのラッセル任務を難なくこなす若者は大歓迎だった。5名が順繰りでラッセルするので一巡で300mは確実に進む。 

翌週の火曜日、例会に彼はやってきた。東北大OB安田くん。勧誘したのは私だったので教育するのも私。当時 新入会員が5人もいたので全員まとめて「沢登りの楽しさ」を教えてきた。その後、どの沢にもどの冬山にも夏も冬の合宿も一緒で、ほとんどでザイルを結んでいる。翌年の夏、3ケタ高度の出羽丘陵弁慶山に遊んだ事や 最高の夏合宿を丁山地で過ごせたこと 秋の虎毛山集中山行などなど 山行企画担当として良き思い出になった ありがたく思っている。
















 
by tabi-syashin | 2013-06-21 10:17 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)

d0237340_22165183.jpg
大井沢手前の大桧原橋から上流を見あげた。


紫ナデ・・・、その眼下東方に大桧原川が流れる。 YMCA山岳会の岸先輩と生前にこの沢を登った。あの年も雪が大量に残り、沢登りというより水が滴る雪渓のトンネル潜りだった。息を殺し忍者のごとく素早く パシャパシャパシャっと30mほどのトンネルを走り抜けるのだが 何度やっても生きた心地がしなかった。雪渓の薄いところはトンネルも明るいのだが それは早めに崩れ落ちることを意味する。ヒヤヒヤ度が急に増す。

上部雪渓が途中切れた所に5mほどの滝があっただけ。そこから雪渓上に這い上がるのだがシュルンドの壁は氷で磨かれ難易度が高かった。 やがて雪渓は角度を増しながら起きてくる。紫ナデはもう少しだ。雪渓の冷気で沢にモヤが立ちこめる。僅か数mほどの視界の中、上部から塊が何個も何個も転がり落ちてくる。何やら静かにしなやかに回転しながら下流へと落ちてくる。そのどれもが同じリズムでクルクルコロコロヒタヒタと回転しながら落ちてくる。落石なら理解できるんだが、、、じつはその正体は枯れ草。とても不思議な動きだった。スプーンカットに抉られた雪渓を止まりも淀みもせずクルクル転がり落ちる様はまさにアートだった。

大桧原川の向こうに小桧原川。この二つを繋ぐと面白い山行ができた。なんと 3度も辿っていたw 小桧原を遡上し 石見堂山の南面、小桧原川がグッと狭くなる辺りに 難しい滝が一ヶ所出る。 じつはこの難しい滝だが落ち口まで大ジャンプが待っている。ジャンプできないモノは右側壁をへつる様にクリアしなければならない。2度目の遡行時、ここで、我がパーティで1回 他のパーティでも1回 宙づり事故になった過去がある。宙吊りの女性会員を落ち口まで引き上げ事なきを得たが、別パーティではロープを切って宙づり者を滝壺に落とし 補助ザイルで救助するというオチが付いている。肥った者には実に厄介な滝だけど一度はクリアしてみたいという肝試しみたいな魅力があるw 

その難しい滝を越えるとやがて赤見堂山の直下に至る。直下手前、左から横沢が入り静かな稜線近くの幕営となる。源頭近くで稜線がくっきり見え、よい所だった。焚き火を焚いて酒を交わし宙吊り者を元気づけた。初回遡行時、夜を明かすと・・・枯松山稜線の辺りは草原となり朝日がさしていた。小桧原山手前源流で二日目の水を汲もうとすると、ダイモンジ草の仲間で褐色の花をつけるクロクモソウが小さな花を咲かせていた。その草原にカモシカがいた。彼の灰色の体毛が朝日を背に受け金色になった。我らの向うには離森 鍋森 赤見堂の稜線が囲む。

しかし、草原の頂陵1327m峰(赤見堂山と枯松山との中間峰)の肩を越えると状況は激変する。いやはや横沢までのたおやかさは東側の斜面に下りた途端に途切れ滝が壁土を削って地崩れを起こしていた。30mほどの懸垂下降を数回でトッサカ沢に降りる。トッサカ沢も小さな流れだがやがて大桧原川に下り流れの速さを増す。小桧原から大桧原を循環し右岸岩棚をクリアしダムを左岸から亘ると桧原集落に戻ってこれ 一泊二日の山行は完結する。

ついでに枯松沢にも挑んだが 末端は大きな岩が崩れており登る意欲もわかぬほど荒れていた。

d0237340_2220739.jpg
障子ヶ岳登山口のホウチャクソウ


















 
by tabi-syashin | 2013-06-21 10:14 | Mount Asahi | Trackback | Comments(0)