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カテゴリ:colum( 94 )


日本の憲法(全103条)は その「前文」に何を謳うのか
学生時代に戻って勉強してみよう。(再掲示)

第9条、13条、18条、96条の存在。
「解釈改憲」にせざるをえなかった理由がわかってきます。




日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


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第2章 戦争の放棄について

*憲法第 9条・・・(戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認) ①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない国の交戦権は、これを認めない。

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徴兵制について

*憲法第13条・・・(個人の尊重と公共の福祉) すべて
国民は、個人として尊重される。自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政に上で、最大の尊重を必要とする。

*憲法第18条・・・(奴隷的拘束及び苦役からの自由) 何人も、
いかなる奴隷的拘束を受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服せられない。

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*徴兵制についての解釈

徴兵は「意に反する苦役」に当たり禁じられているとするのが、今までの通説・政府見解である。しかし 憲法条文には明確な徴兵制そのものについて規定する条文がない。憲法18条がよりそれに近いものとして、徴兵制が「意に反する苦役」として禁じられているという従来からの踏襲された政府見解である。ちなみに、石破地方創生大臣は「徴兵制がすなわち苦役だ」という見解に疑問をもっている。

「経済的な徴兵」について

貧困から抜け出し、人間らしい生活をするために やむなく軍に入隊する。そんな実態を、米国では「経済的徴兵制」あるいは「経済的な徴兵」と呼ぶ。未就労問題や非正規労働者の増加に手を打たず、他方「自衛隊の給与を上げる、待遇を改善する、苦学生集まれ!といった経済的支援(奨学生)をする、、、つまり、未就労労働者の受け皿(自衛隊)をせっせと作る!」という方策。
残業代ゼロ、非正規労働問題なども含め、未就労人口を低減させず むしろ一定程度残し、自衛隊の「なり手」を確保しようということは 既に暗黙の既定路線ということだ。

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憲法改正(手続き)について・・・安保法制が憲法違反とされる理由

国権の最高機関であり、国の唯一の立法府である国会に諮らずに内閣だけでの解釈改憲をおこなったこと。それは立憲主義を採らない都合のよい摂政であること。重要な国の根幹にかかわる憲法を改定するには憲法第96条が厳然として規定されている。にもかかわらず それを回避し解釈改憲で事を進めたこと。

いわゆる「行政の暴走」が混乱の原因。それは国民の権利を確保・保証する憲法第96条に従わなかったことであるし、またそれは ゆくゆく憲法第99条に違反する「公務員の立場」の取り違えになっていく。主権は国民に在り。摂政を司る際、その利益は国民にあらねばならないと憲法では規定されるものであること。

*憲法第96条・・・(改正の手続き、その公布) ①この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。②公布について・・・略

*憲法第99条・・・(憲法尊重擁護の義務) 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

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*核武装について

広島の平和宣言で非核三原則の文言を排し、国民から非難を浴びた安倍総理はもともと核武装論者である。過去2002年5月、小泉内閣の官房副長官だった安倍晋三(現総理)は早稻田大学での講演で 「自衛のための必要最小限度を超えない限り、核兵器を保有することを憲法は禁じていない」 と明言、核武装を堂々と肯定していた。つまりその本音の矛先は中国に向けられている。アジアの権益の危機において中国との戦闘を頭に置いている。







by tabi-syashin | 2015-09-04 07:22 | colum | Trackback | Comments(3)

● 転載します・・・
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「ノー・ジャパン」 自衛隊イラク派遣の修羅場  (Web新書)

著者・・・・・谷田邦一、今野忍、三輪さち子、二階堂勇、村松真次
出版社・・・・朝日新聞社
出版媒体・・・朝日新聞



銃声、群衆が陸自包囲/「非戦闘地域」すら危険

◎撃てば戦闘――サマワ駐留隊員恐怖
 自衛隊初の「戦地派遣」となったイラクで、隊員たちは危険と隣り合わせの活動を強いられた。
政府は当時、「一人の犠牲者も出さなかった」と安全性を強調したが、
実際は隊員が銃を撃つ判断を迫られるなどの事態が起きていた。
陸上自衛隊が2008年に作った内部文書「イラク復興支援活動行動史」や関係者の証言で明らかになった。
新たな安全保障関連法案では活動範囲がより拡大し、危険はさらに高まる。

 突然、銃撃音と怒声が響いた。
自衛隊が駐留したイラク南部サマワから約30キロ離れた街ルメイサ。
活動開始から2年近くになる05年12月4日、
復興支援群長の立花尊顕(たかあき)1佐ら幹部たちはムサンナ県知事らと、
修復した養護施設の祝賀式典に参列していた。

 発端は、会場のそばで起きた反米指導者サドル師派と、自衛隊を警護していた豪州軍の銃撃戦だった。
サドル師派は頻繁に多国籍軍を襲撃し、自衛隊も「占領軍」と敵視した。
会場内の陸自幹部たちは「ただ事ではすまない」と青ざめた。

 銃撃戦に続き「ノー・ジャパン」などと抗議しながら押し寄せた群衆の渦は、100人前後に膨らんだ。
幹部らは建物に閉じ込められ、外で警備にあたっていた十数人の隊員は群衆に包囲された。
車両に石を投げつける男、ボンネットに飛び乗って騒ぐ男、銃床で車の窓をたたき割ろうとする男までいた。


「どうすべきかわからず、みんな右往左往していた」と当時の隊員は話す。
群衆の中には銃器をもつ男たちもいた。もし銃口が自分たちに向けられたら――。
政府が認めた武器使用基準では、まず警告し、従わなければ射撃も可能だ。

「ここで1発撃てば自衛隊は全滅する」。
どの隊員も、1発の警告が全面的な銃撃戦につながる恐怖を覚えた。
「撃つより撃たれよう」と覚悟した隊員もいた・・・

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これが サマワの非戦闘地域での現実、、、 リスクは有りすぎます。
派遣自衛隊員のうち 54名の自殺者が出たのも おおいに理解できます。
国会議員の「ヒゲの隊長」さんが言ってる建前論の「裏側」です。

by tabi-syashin | 2015-09-03 22:25 | colum | Trackback | Comments(0)

全国各地で集会が 呼びかけられております。
ネットで調べましたら、「みやぎ 憲法九条の会」のホームページで
「みやぎ 3000人 大集会」を 呼びかけていました。

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このまま、 黙ったまま、、、このまま 何もしないで、、、
9/14からの「60日ルール」逆算の日を迎えるぐらいなら
今!、この集会に「参加」することを 私は選びます。
のちのち 歴史に向き合った時に 自分が後悔しない為に、、、。

この集会がどんな意義を持つのか? 
おそらく「向後の歴史に評価される」ほどの 重大さを持つ! 
そう思っています。

安倍政権の「憲法無視の暴走」を止めることができるのは、
「戦争のない平和な暮らし」を70年間、願い守り続けてきた
戦後世代である私たちの「戦争の放棄」「反戦平和」の想いです。

車の仲間も、山仲間も、写真仲間も、ジャズ仲間も、「個人参加」しませんか?


考えてみれば・・・13年前、「イッズミー」もこうして 
小さな輪から始まったんです。

「運動」と名のつくものはすべて、
小さな 「心のヒト転がり」がキッカケでした。

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● 安保法案「反対」みやぎ3000人大集会

日 時  9月 6日 午後2時から
場 所  仙台市西公園
主 催  仙台弁護士会

by tabi-syashin | 2015-09-01 14:01 | colum | Trackback | Comments(0)



安保関連法案は 14日に可決成立をもくろむらしい・・・

私は「戦争法案」に反対します!

 
アメリカの軍事戦略の肩代わりとなる、日本の「海外派兵」に反対します!

個別的自衛権を逸脱した軍事ブロック=「集団的自衛権」に反対します!

戦後初めて「自衛隊を海外での戦闘に参加させる」戦争法案に反対します!

「平和主義からの決別」に 断固 反対します! 


もともと「解釈改憲」の問題を 安倍内閣が自ら起こしたことに始まり、
そもそも「違憲立法」の安保関連法案を衆院強行採決させたことに国民は怒った。

個別的自衛権での対処を、海外派兵を意味する集団的自衛権にすりかえた!
ホルムズ海峡封鎖? 石油がないと手術ができない? バカげた例え話。。。

アメリカの世界戦略のために、自衛隊を「海外派兵」するのは反対です。
好んで戦争を仕掛ける国などどこもありません。たとえ仮想敵国であってもです。
軍事バランスを壊すなど よほどの情勢にある場合でしょう。


もう一つ 大事なことですが・・・
公明党は「平和主義」をかなぐり棄てたんですか? いつまで与党ぶってるの
それでいいの? 創価学会員の皆さん???





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by tabi-syashin | 2015-08-31 00:27 | colum | Trackback | Comments(0)

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来月 9月12日、13日は「定禅寺ストリートJAZZフェスティバル」です。
人気&実力ともに絶好調の在仙JAZZクインテット”US-5”は
9月12日 メディアテーク(15:10~15:50)に出演します。





● 口先だけでは 伝わってこない 伝わらない 響かない

日本の総理という立場で、あの意味不明の談話・・・? ここまで 重みや含みのない言葉を並べても 意味が伝わってこない。言葉が 心に留まりもしない 耳をかすめていく。何を言いたいのか 多くの言葉を用いても「示す」ものが不明確だった。世界の注目の中で発するというのに・・・「美しい日本」という表現同様に抽象的で観念的な表現が多く、あえて避けたと訝らせるほどに「主語」もなく、内外ジャーナリストからの批判も多くでるほど
論旨不明だった。肝心なのは、、、挿入されたキーワードではなく、心のこもった日本政府としての言葉だ。
 

日本 310万人
朝鮮 20万人 
中国 1000万人
台湾 3万人
フィリピン 110万人
ベトナム 200万人
インドネシア 400万人
インド 150万人
その他の国
連合国捕虜6万

太平洋戦争だけで、2200万人以上の犠牲者が出たという重大な「史実」。その大半が日本陸軍の中国大陸縦断行軍作戦による食糧現地調達、収奪・暴行・殺戮・餓死というアジア諸国々民の犠牲だったという事実。「共栄圏」だなんてオクビにも出せない侵略行為の事実。

日本がその侵略国・犯罪国であるという事実があるからこそ、一方の被害国に対し罪を負い続けるのだ。それへの「罰」は懸命に償い果たしてきた、しかし、「罪」そのものは「歴史が許さない限り」易々消し去れるものではない。自分の娘や妻が自分の目の前で犯される。頭を撃たれ、割れた頭蓋骨から脳髄が滴り落ちるのを震えながら見てる子らの顔。想像しただけで戦慄が走るはずだ。今を生きる自分を 日中戦争時の無抵抗の被害者に置き換えれば 有無もなくわかるだろう。憎しみだけが残る、、、これこそが真理だ。発表される「戦後談話の基調」はこの一点にこそ在るべきだった。

今回 戦争を起こした侵略国の宰相が「言葉の衣の下」で舌を出すような謝罪しかできないようでは世界に対し失礼ではなかろうか。 たとえ100年がたっても、戦後日本が世界に対し過去の侵略戦争のけじめを発信し続けるのは、侵略国として忌まわしい過去を持った国家の責務ではないのか。歴史修正主義者がよく使う矮小化論の「過去を振り返る」か「未来を見据える」かの二者択一ではないということだ。
 

「戦後レジームからの脱却」というならば あえて、深い反省と謝罪する心がその前提になくてはならないと思うし、その態度を示すことは戦後経済の繁栄と文化の復興を果たした先進国日本が示すべき「国家の姿」ではあるまいか。


何故 侵略国であるのに深い反省とともに心からの謝罪を発しないのか? じつに「思想が政治を押しやる」不思議さである。 
何故 村山談話を継承することを拒否するのか? 孫子の代?・・・いやいや歴史が許すまで犯した罪は心に負うべきもの。
何故 個人的な思想信条を超え、侵略国の政府として謝罪を述べられないのか?

それほどまでに 安保関連法案との整合性がとれないからだろう。



日本の象徴である天皇陛下は 「深い反省」と述べておられた。なのに、日本の総理大臣が反省とお詫びの「言質を失った」談話を発表したのでは 実に人の尊厳に対しても恥ずべき話だ。 このことに関して「天皇陛下の言葉と対照的だ!」と海外ジャーナリストから端的に指摘されてしまった。 

反省とお詫びの意が籠っていない安倍談話は 既に国民でさえ論じる価値もないということか。国際社会の面前で晒された日本右翼の思想は 安倍総理にして実に「語るに堕ちた」ということだろう。

日本の象徴である天皇陛下は 戦後日本が発展を成し遂げた因果をこう述べられている。

「終戦以来既に七十年、戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました」・・・つまり、決して「日米安保条約があったからだけではない」と 述べられていたのが印象深い。

そうでなきゃ、、、戦争で亡くなった方や遺族の想い=「恒久平和」が武器の脅威に隠れてしまって、平和が成し遂げられることがないではないか。天皇陛下のお言葉には「武器・戦争にに頼らない平和」という逆説的な思いが込められているのだ。 

ところが右翼は底辺の国民の意を無視して、すべて「安保のお陰」と矮小化してしまう。安倍総理と対照的になるのはその点でも必然なのだ。

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安倍総理は 政治家としては「観念的」発言が多すぎる、この人の特徴であり欠点だと思う。プロファイリング的にいえば 彼の生い立ちや経歴・学歴にその因子が潜んでいるのか? 成蹊大では専攻した政治学に不可欠な「政治思想史」を学ばずに卒業したといわれ、南カルフォルニア大学「卒業?」学歴詐称問題で話題となった というのも頷ける。

初の就任表明では 「美しい国」という言葉や「戦後レジームからの脱却」や「教育バウチャー制度の導入」「ホワイトカラーエグゼンプション」など横文字連発!、「わかりにくい」言葉を使いたがる自己陶酔型な人、国民に伝える努力を積極的にしない人。

お腹が痛いと言って 所信表明演説の翌日に内閣を投げ出した人であることを思い出す。
「お坊ちゃん総理」「窮地に弱い」「自己陶酔型」「シンプレックス通信」な政治家だ。

「参院選の後に辞めていればよかった。こういう形の辞任は国民に失礼」(民主 鳩山幹事長)
「所信表明直後の辞任は前代未聞」(共産党・志位委員長)
『ぼくちゃんの投げ出し内閣』だ
「小沢代表との会談が断られただけで辞任するのは子供っぽい理由」(社民党・福島党首)


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来月 9月12日、13日は「定禅寺ストリートJAZZフェスティバル」です。
人気&実力ともに絶好調の在仙JAZZクインテット”US-5”は
9月12日 メディアテーク(15:10~15:50)に出演します。
























by tabi-syashin | 2015-08-16 10:16 | colum | Trackback | Comments(3)

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「平和憲法」を無視して、解釈改憲で戦争(準備)法案を衆院通過させてしまう安倍内閣ほど、「徴兵制は導入しない あれは国民の苦役だ!」などと答弁しても国民の誰も信用しない。国民としての疑問は「時の政府が変わっても絶対的な論拠として成り立つのかどうか?」という見通しへの不安があるから ますます懐疑的にならざるをえない。

実際に、「徴兵制が憲法18条に違反する」と政府が考えているかは微妙なところだ。1970年に行われた政府答弁で当時の内閣法制局長官は『(憲法)18条に当たるか当たらないかというのは、確かに疑問です』と明確に述べているくらいだ。おやおや?安倍晋三という男、「煮ても焼いても食えない 二枚舌使い!」というのがわかってくる。

内閣法制局長官がその理由を「アメリカ連邦最高裁の判決」にあるとしており、アメリカ連邦最高裁は徴兵制は『意に反する苦役』にあたらないと判断しているのが理由とのこと。ここに将来、時の日本政府見解によって解釈が逆転するロジックが潜んでおり、安倍晋三氏はそれを知ってるはずだ・・・。

さらに1980年の政府答弁書では「個人の尊重」などを規定した憲法13条もあえて挙げているが、安倍首相はこの点について明確な説明はしていない。これに関して・・・、「1980年の政府答弁書は、徴兵制は憲法13条や18条などの『趣旨』に反する」と述べるにすぎず、どこにも『憲法18条に明確に違反する』とは書いていないというカラクリが潜む。「趣旨に反する」と「明確に違反する」という言葉の違いを安倍晋三は国会答弁で使い分けている、確信犯である。

つまり、明確に憲法違反であるとは言えないけれど、憲法13条や18条などの条文を鑑みて、ようやく『徴兵制は憲法違反だ』といえる程度 というわけ。『徴兵制は憲法上許されない』という安倍首相の答弁は、いつでも解釈により変更されてしまうという危険をはらんでいるわけだ。

国民人口の減少傾向は今後も続くなか、自衛隊志願者「なり手」が少なくなるだろうことは普通人でさえも見通せる。この現状を打破するには、未就労や非正規労働者の増加に手を打たずに野放しにしたほうが得策で、他方「自衛隊の給与を上げる、待遇を改善する、、、つまり、未就労労働者の受け皿(自衛隊)をせっせと作る!」というのが 今の政府のやり口だと言わざるを得ない。

未就労人口を低減させず一定程度残し、自衛隊の「なり手」を確保しようということは既に自民党政府の既定路線内ということだ。恐ろしい腹積もりを持った人たちが今の安倍政権であり、もはや保守とはとはいえず、むしろ「理論右翼」というのが本質だろう。どんどんエスカレートする安倍政権、どんどん国民意識から乖離してゆく。

では何故、安倍内閣は本質を言質で隠すのか? その答えは「何が何でも、戦争(準備)法案を先に成立させたい」がためということ。で、それは何故?と探れば・・・、先のアメリカでのお約束宣言はもとより、国連の常任理事国入りという大望が控えているからである。安倍晋三の国家的美観として・・・「世界に名だたる国家」「美しい国」「米国のアジア戦略の監督者」など 日本の最終章が控えているからである。

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*憲法第 9条・・・(戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認) ①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

*憲法第13条・・・(個人の尊重と公共の福祉) すべて国民は、個人として尊重される。自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政に上で、最大の尊重を必要とする。

*憲法第18条・・・(奴隷的拘束及び苦役からの自由) 何人も、いかなる奴隷的拘束を受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服せられない。

*憲法第96条・・・(改正の手続き、その公布) ①この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。②公布について・・・略

*憲法第99条・・・(憲法尊重擁護の義務) 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

*徴兵制について
「意に反する苦役」に当たり禁じられているとするのが、今までの通説・政府見解である。しかし 憲法条文には明確な徴兵制そのものについて規定する条文がない。憲法18条がよりそれに近いものとして、徴兵制が「意に反する苦役」として禁じられているという従来からの踏襲された政府見解である。ちなみに、石破地方創生大臣は「徴兵制がすなわち苦役だ」という見解に疑問をもっている。

*経済的な徴兵について
貧困から抜け出し、人間らしい生活をするために やむなく軍に入隊する。そんな実態を、米国では「経済的徴兵制」あるいは「経済的な徴兵」と呼ぶ。未就労問題や非正規労働者の増加に手を打たず、他方「自衛隊の給与を上げる、待遇を改善する、苦学生集まれ!といった経済的支援(奨学生)をする、、、つまり、未就労労働者の受け皿(自衛隊)をせっせと作る!」という方策。
残業代ゼロ、非正規労働問題なども含め、未就労人口を低減させず一定程度残し、自衛隊の「なり手」を確保しようということは既に自民党政府の既定路線内ということだ。

*核武装について
広島の平和宣言で非核三原則の文言を排し、国民から非難を浴びた安倍総理はもともと核武装論者である。過去2002年5月、小泉内閣の官房副長官だった安倍晋三(現総理)は早稻田大学での講演で 「自衛のための必要最小限度を超えない限り、核兵器を保有することを憲法は禁じていない」 と明言、核武装を堂々と肯定していた。つまりその本音の矛先は中国に向けられている。アジアの権益の危機において中国との戦闘を頭に置いている。







by tabi-syashin | 2015-08-09 19:19 | colum | Trackback | Comments(0)

居場所って ある?

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自分にとっての息抜きの場、、、「居場所」ってある。もちろん 家にだって、郊外にだってあるし 車で移動すること自体が息抜きにもなってる ってのもある。人生思うように行かない、進まないことはたくさんあるので どこか居やすい 過ごしやすい 周囲に同化する場が在ること自体ありがたい。

身を落ちつけ 先の短い将来を案じ、、、こうではなかったはずだ と過去を省る。 珈琲一杯でそれが充分できる、ありがたいこと以外に何もない。時間はそれこそ自分の為だけにあるし、雑念もなく自分の為だけに供給される。あとは右脳をフルに回転させることが僕の居場所での仕事になる。

そういえばあの頃、社会人2年目の夏・・・ 当時 井上陽水に心酔(かぶれ)していた若造の自分。買ったばかりの真っ赤なVWにギターと陽水のコード表と毛布とを積んで旅に出た。

クレジットカードなんてない時代だ。夏休みに有休を足したので1週間は野宿できた。北海道に渡るカニ族とかハチ族とかって言われた時代でもあったっか?でも何故か僕は信州がメインで旅の最終地が能登。高速道路のない時代に群馬から山梨、長野、富山、石川県の金沢、能登半島まで走りとおした。

北アルプスのふもと、野尻湖の湖畔で3000mの山々を眺めながら陽水の楽譜から数曲ギターを弾いて一日を暮らした。それに飽きては金沢に向い、とあるスナックで歓待を受け意気投合し朝まで呑んだ。結果 浮き草のように風任せで輪島まできてしまった。

さて・・・、能登の海で、ボケっと海に浮かぶクラゲを見ていたら 途端に何故か家に帰りたくなった(笑)せっかく能登まで来たというのに、波のない海に漂うクラゲを見てるうちに、自分は「自分の居場所を失ったか?」と思い 焦った。

旅に出れば「旅の終わり」は必ずあるわけで、「旅をどこで区切るか?」なんて旅のいつもの付録問題で、それは旅の終わりに向かう者の心の問題でもあった。何も能登まで来ることが旅ではないし 途中どこでもよかったのだ。

旅に出たら、その決着を得て帰ることが問題なわけで その決着のつけ方がまた問題だった。なんせ 帰ろう!って決めるのは自分自身だから。で、何故、帰ると決めたのか・・・それが問題だった。

クラゲがプカプカ・・・漂うということと 帰るということとは本質的に違うんだな、これがこの旅での悟りだった。

旅に出る時の あの期待で胸が膨らむような想いはすっかり消えていた。言いかえれば「活力の再生産」がなされない旅は「旅」とは云わず 単なる「旅行」の帰り道になる。 旅での「帰る」という行為は 次の旅に向けてエネルギーを再び蓄えること けしてバスの中で熟睡するような「旅行の帰る」ではない、根本的に違う。 

能登のクラゲは自分にヒントを教えてくれた。いや ヒントではなく、答えを だった。

能登で帰ると決めた理由だが・・・もしかして 淋しくなったらどんなに強がりを言っていても、そこで旅は終わりなのかもしれないと気付かされたことに因る。帰れるところがあるから旅なんだとも思ったし、帰れない旅は旅ではなく まさしくそれは「浮きクラゲ」、放浪だとも気づかされた。

それじゃ 旅を終わらせるパワーをもつ「淋しさ」って一体何者? を考えた時に 人には血筋(家 親兄弟 恋人・・・)この縁があるから自分の居場所があり、だから居場所に帰る目的が生まれ、再び帰れるんだって、、、だから、それを失う時に人は淋しくなるんだって・・・。 それが24歳の結論だった。

居場所・・・それは自分の存在が認められている「周囲」のこと。

能登の海からなんとなく家に電話した。そしたら普段電話にも出ないのに この時ばかりは親父が電話に出た。今から帰ると伝えただけだったが 会話の少ない男親なので かえって 帰ることに箔がついた(笑) 

居場所を持つということは 「淋しさと対峙しながら暮らすこと」を意味するし もの思いに耽ることが許されることでもあるし 必ず居場所が安定して「在る」という裏付けがあって耽ることができるんだなって、、、 居場所ってすごく大事で活力の再生産の場とイコールなんだ と思っている。 

あれから40年、「旅」を題材に「居場所」を考えたらこんな結論になった。 最後にもうひと花咲かせようと思うが 思えば遠くへ来たもんだ と思い巡らしてもいる。 

本論とは無関係だが・・・喧嘩したりして、互いに心休まる居場所が失くなるというのは 生活の再生産ができなくなる ということを意味してる、だからそれは困るよね、喧嘩はしない方がいいよね。(再 掲載)




桜三月散歩道   井上陽水 アルバム「氷の世界」より

ねえ 君 二人でどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば花がない
町へ行けば花がない
今は君だけ見つめて歩こう
だって君が花びらになるのは
だって狂った花が咲くのは三月

ねえ 君 二人でどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば風に舞う
町へ行けば風に舞う
今は君だけ追いかけて風になろう
だって僕が狂い始めるのは
だって狂った風が吹くのは三月

ねえ 君 二人でどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば人が死ぬ
町へ行けば人が死ぬ
今は君だけ想って生きよう
だって人が狂い始めるのは
だって狂った桜が散るのは三月
by tabi-syashin | 2015-07-22 13:35 | colum | Trackback | Comments(4)

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これが http://tabilogue.exblog.jp/20867204/ 、 昨年当ブログで書き記した論点(情勢)です。

昨年末の衆院選は全体の投票率が52.6%と低調でした。うち自民党の得票率が48%。
つまり自民党は 52.6%×48%=25%の支持率で総議席の76% あらかたの議席数を
小選挙区制によって得たわけです。

1/4の得票率で 3/4の議席を占める だなんて。。。
小選挙区制度は2大政党を生むという(疑問だらけの)触れ込みでしたが、案の定、
史上最悪の選挙制度と化しました。

その安倍政権は議席数での優位さで、昨年7月に閣議決定で解釈改憲をアッピールし、
僅か1年で、さらに軍備と派兵の法制度を進めています。容赦できません!


昔むかし、大学時代に、安保反対・沖縄返還運動に参画し 、
社会人になって初参加した「女川原発建設反対運動」、、、
それ以来ですから、40年ぶりに?「抗議集会」というものに参加してきました。

強行採決に抗議する「7/17 緊急県民集会」の呼びかけに応えてきました。

思ったことを行動に表すということは、誰にでもできそうでいて、
実に易々とは いかないことと 40年ぶりに参加してみてそう思います。

ふだんブログで訴えていることを現実に集会とデモに参加して態度で表明する・・・
それが 自分にとって 40年ぶりの「青春復古・人間性の復活」(大袈裟ですが)です。

年齢とともに押し黙ってしまった「青さの窓」を 再び開け放ちました。

集会に 一個人として参加すると・・・、かつて学生運動に参加していた当時の
自分の「若さ」「青さ」ぶり(度合い)がわかってきます。
社会人として実践してみて初めて、個人の主張は「重み」、「実体」を持ちはじめます。

デモ行進に参加して 参加者のシュプレヒコールを聞いていると、、、
熱いものが心に湧き出てきて抑えるのに必死でした。若かったんですね 自分、あの頃。
今日は 40年ぶりにシュプレヒコールを叫んできました。
ラップ調もあったが馴染めず 果てる(笑)
最初は小さかった声も だんだんと大きくなりました。

ありとあらゆることが政治情勢の流転とともに、、、
己の心に棲む「正義感」や「怠惰」も含めて 変化せざるを得ない。
ある意味、反面教師のように迫ってくるのが解ってきます。

今、押し黙っていたのでは 子や孫や未来の日本を背負う若人たちに 申し訳が立たない。

「廃案」まで 残された時間は2ヶ月しかありませんが、諦めずに今後も同意の輪を広げていきたいと思います。
そのことが 自分が自分で居続けられる唯一の道だと思うからです。 自分に正直に生きようと思います。






by tabi-syashin | 2015-07-18 00:15 | colum | Trackback | Comments(3)

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◆「ポリティカル」に生きよう (^~^;;

集団的自衛権などの政治問題や ヘイトスピーチなどの社会問題に、
どこか他人事のようにやり過ごす、

大人たちの「物言わぬ姿」は この瞬間も見られている。

そんな日常に育ち・・・
子供たちはある種の判断基準を得ているのだと思う。

先日、広島原爆記念館の案内人 (被爆者)に向かって
「くたばれ 死にぞこないが!」などと
恐ろしいほどに非道な言葉を口走る修学旅行の少年がいたそうだ。

昔から 悪ガキはいたが これほど酷い差別言動はしなかった。
「悪いものは悪い!」、
そう親たちは子らを叱り 人の生きる道すじを説いて聴かせてきたからだ。
それにしても とんでもない世の中になってしまった。

どうして そんな非道な言動が少年たちの口から出てきたのか?

じっくり考えてみる。
すると、、、

周囲の大人たちが 日常をノンポリティカルに生きている結果、、、
子供らにそう言わせているのではないのか?


少なくとも背景には

善悪の判断基準を中学生になるまで示さずにいた、大人たちの態度が起因しているように思えた。

子供は大人たちの鏡なのだ。

小さな事象の積み重ねが やがて社会問題にまで発展してしまう。
我が子でなくて良かった・・・と思う前に、
「物言わぬ大人」は恥を知り、反省もしないといけない。

ポリティカルに生きるということの重要性は
今後20年、 子らが大人になるまで
とても現実的なキーワードになり、日常生活に響いてくるはずだ。



今日7月15日、 戦争未体験の宰相により、戦争(準備)法案が 強行採決された。
とある知識人によれば 「安倍晋三のクーデターだった・・・」 とも指摘されているほど。

そのことも 中学生以上の子供を持つ親御さんは 子らに語らねばならぬだろう・・・
いつの日か「徴兵の世」が来る?ことをも、、、

政治的に 盲目だったり 聾唖だったり、、、そんな我が身が子らに写っていることを
次世代に責任ある大人は 今後も看過しちゃいけない! そう思う。


2015年7月15日 戦争(準備)法案 強行採決記念日 (岸内閣総辞職の日)



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by tabi-syashin | 2015-07-15 12:33 | colum | Trackback | Comments(5)

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スタジオジブリの宮崎駿さんが 日本外国特派員協会主催による記者会見を行いました。と同時に 当ブログで2月に掲載した記事を思い出したので 今日 あらためて記事にし読み直しをしました。

宮崎駿さん。「沖縄県名護市辺野古への米軍普天間飛行場の移設に反対する「辺野古基金」の共同代表に就任した」と聞き、強い信念をお持ちの方なんだなあと思い、1時間半にも及ぶ外国特派員記者クラブでの質疑応答をYouTube動画で拝見しました。


会見では、憲法違反の指摘を受けながらも、安保法案の成立を急ぐ安倍首相について、「私と逆の考えだ。軍事力で中国の膨張を止めることは不可能で、もっと別の方法を考えるために、日本は平和憲法を持ったのだと思う」、 「憲法解釈を変えた偉大な男として歴史に名前を残したいのだと思うが、愚劣なことだ」と語りました。

さらに、「なぜ日本人は憲法を大事にしているのか」という質問に対しては、「15年にわたる戦争は、惨憺(さんたん)たる経験を日本人は持った。平和憲法は光が差し込むようなものだった」「平和憲法は(第一次大戦後の)不戦条約の精神を受け継いだもので、必ずしも、歴史的に孤立したものだったり、占領軍から押し付けられたものとはいえない」と答えていました。


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宮崎駿監督の談

実際、これまでも、宮崎監督はとくに憲法改正を進める安倍首相に対して強い懸念を示してきた。 たとえば、2013年に発行したスタジオジブリの小冊子「熱風」7月号では「憲法改正」を特集に掲げて大きな反響を呼んだが、このなかで宮崎監督は、

「憲法を変えることについては「反対」に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います」

「政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから」

と、安倍首相の姑息な改憲路線に加え、政治家として最低限の知性さえ持ち合わせていないことを断罪。さらに語気を強めて、こう述べている。

「それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから」

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久米宏さんの論評


新国立計画見直しは目くらましだと一刀両断し、そのうえで安保法案について、こう断じるのだ。

「そんなことより、今週あの安全保障関連法案というのが衆議院の委員会で強行採決、そして本会議で賛成多数で成立ということで参院に送られるわけです。まあ、日本が民主主義国家であるかどうか、それは僕、ひとつ疑問ではあるんです。戦争が終わってね、アメリカさんに(民主主義を)押し付けられたわけですから。日本人が自ら獲得したものではないので、ちょっと本物ではない可能性はあります。が、とりあえず民主主義国家で、とりあえず民主主義国家の総理大臣たる者ですがね、ほとんどの憲法学者がこれは憲法違反だと言っている法案を成立させようってことですから。これは、本質的に憲法改正と同じなんですよ。改正するということと実質的に同じなので、それを民主主義国家の総理大臣が勝手に強行していいのか、という大問題があると思うんですね。本来なら憲法改正というのは国民投票をしなければいけないんですけど、それもしない! 最低でも、僕は衆議院を解散すべきだと思うんです」

 日本に民主主義の精神が根付いているかはさておいても、仮にも民主主義国家の建前を崩さないのならば、なぜ、主権者である国民を無視して、首相の一存で事実上の改憲ができるのか安倍首相は今年5月の会見で、「先の総選挙においては、昨年7月1日の閣議決定に基づいて、平和安全法制を速やかに整備することを明確に公約として掲げ、国民の審判を受けました」とうそぶいたが、昨年の衆院解散時の会見では冒頭ではっきりと「この解散は『アベノミクス解散』であります。アベノミクスを前に進めるのか、それとも止めてしまうのか。それを問う選挙であります」と明言していた。事実、安倍首相はメディア出演時に"安保のアの字"も言わなかったではないか。にもかかわらず、先の選挙で信を得たなどと言い張るのはまったくの詐欺である。


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こうまで言論人 報道関係者 音楽家 小説家が広く抗議の声を上げたということは・・・、戦前に見た「体制翼賛」の風潮が出始めていることを表すものと受け止めている。音楽家の坂本龍一さん、小説家の馳星周さん、、、等の名が賛同者欄に見受けられた。


いま、安倍政権は戦時国家という怖ろしい方向に向かっているような気がしてならない。歴代の総理ができなかった事をやろうとしている。こんな政権を生んだのは「国民の政治に対する無関心さにある」のだろうし、投票率の低さにそれは現われているわけで、

「投票しても変らない」とかいう御卓見は一種の「現実逃避」「責任転嫁」だということに早く気づくべきだ。憲法を改悪しようとする勢力にとって、「黙っている国民が多い」ってことはますます好都合になる。

山に登ることを少し休めて 政治に関心を今はもちたいと思う。







by tabi-syashin | 2015-07-15 09:29 | colum | Trackback | Comments(0)