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地域山岳会の会報誌にみる方向性

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1988年 30周年記念誌



●地方山岳会の氏素性とは

地域山岳会と名がつくからには 地元に根付いていなければその名は使えない とか 東京に籍を置く山岳会だから全国に行くしかない とか。 仙台という地域山岳会だから 栗駒 蔵王 二口が中心になるだろう・・・とか そういうわけではないのだが 

地域に根差すということは、根本的な「地域」という拠りどころがあるという前提だ。つまり過去においては「氏素性」が明確であるということだった。 これがネット社会となり コピー文化・トレース文化の横行となれば 東京でも大阪でも仙台でも皆一様に 同じ有名どころの谷や山を登って 皆一様に同じコースを記録に落とし込む 
、、、だとして、そこには 「らしさ」がなく、ローカルだからこその「面白味」がない ということになる。

それこそ ネット社会での「知り合い」がまさに元来の「友人」であるかのように、知り合いと友人とでは大きな違いがあるのに・・・画一的にイコールに近い。その意味で山岳会も昨今は「氏素性」「所番地」「根っこ」が分からなくなってきている。


●金太郎飴ならブロガーには敵わない

どれを観ても 同じ山で 同じコースで・・・まさに記録は個性喪失、金太郎飴だ。まして地方の小さな山岳会の記録は文章巧みなブロガーにも追われ、消えゆくのみになってしまう。ここで、「一考」が必要となる。 

つまり、、、逆をいく。 今このような時代だからこそ「おらが山 おらが谷」を強烈に愛し、通いに通って愉しみつくす、そのような活動をすれば 地方山岳会の生き残る道は前途洋々な(?)わくわく感が出てくるのではないか と。

個性を大事にしなければいけない という「呪文」を云っているのではなく、日常の活動が「地域 地方」に大きく偏ってる、意識的にどっぷり地域・地方に大ブレな活動をする、そんなローカル性を前面に押し立てた山岳会じゃないと今後は生きる道を失う ということだろうか。 

もしくは、会活動から解放され「同人」となって難易度も興味度も高い沢、岩を追うだけになるか・・・。ゴルジュ記号の毛虫マークを追い求め、難易度をしめす5+などと記号を愛してばかりいたのでは(個人の興味は尽きないとしても)山岳会として、組織としての面白味は消失するのではないか?、グレード記号の世界に「人間集団の雑味、面白味」が滲み出る、味わう余地はあるのだろうか という問題が残る。すでに「同人」の域に存在する会は論外ではあるが。。。


●山岳会の進むべき方向とは

これら地域山岳会の発行する会報誌を読んでいると、40年、50年の「重みと危機感」がおしなべく巻頭言に記されている。併せて 今後の方向性も各会みな同じように示されている。共通することは、何故に半世紀以上に亘って会活動をすることができたのか?という「総括」だろう。

そこに今後の生き残りの答えが示されている。地域性を尊重し、それを会の個性だと言い切れること。それと現代にマッチする組織の軽さ、軽快感を持つような組織にするのが一番ということ。北ア 南ア 谷川 上越が気になるのではなく それを越えうるインタレストな活動が地方山岳会活動に見いだせればよいこと・・・だろう。

登山活動の活性・活発化のほかに 人間関係、会運営に関してもどんどん若い人に任務を振り分け、組織に軽快感をもたせることも重要になってくる。「自分のため」と思える質の高揚が期待できれば すでに御の字なのだ・・・である。


●雑感だが

今の世、若者・女子が普通に山岳会の扉を叩いているんじゃないのか? 僕らの頃にはなかった現象が いま興っているということだろう。入会者の増減は会活動の活発化に比例すると以前にも書いてきた。ブログを逆手にとって利用する、どんどんブロガーに変身する若手会員の身軽さも 今後は重要になるんじゃないかな(笑)



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1991年 創立20周年記念号
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Commented by torasan-819 at 2015-11-03 23:17
ついこの頃山の世界に足を踏み入れた私にとっては、珠玉のような各会報はとても眩しく思えるのです。
情報が溢れ過ぎた現在ではネット主体の今どきの方々は、活字主体の会報にはあまり関心を示さないというか、その存在さえも意識されていないのかもしれません。
会報を読んで云々ということもめったに聞きませんし。
そういう私も手っ取り早く情報が欲しいときは、残念ながらネット頼みになっている現状です。

山岳会の存在意義はとはなんぞや。
ん~あまり深く考えたことが無いのですが、地域研究が盛んだった頃とはまた違った取り組みが求められている?
せめて若い人たちの邪魔にはならないようにしなければと思う今日この頃です(^^ゞ
Commented by tabi-syashin at 2015-11-04 07:33
>トラさん

活字を書くことが難儀になってきました この還暦な活字人間の私でさえ・・・(笑)
各山岳会員の現役でさえも かつて10数年前の記録でさえ振り返ることをしない。
それより刹那の山行計画に「これからの総て」が詰まっているかのような夢想をするでしょう。
30年 40年 50年前なんて、、、臭気漂う芥の山です(笑)

まあ そんな現役でも50周年・60周年記念誌を発行しよう!という意気込みはあるようですが。
昔に学ばぬものが、50年の亘理を表せられるかどうか 大いに疑問ですけど(;´・ω・)

地域山岳会として流域研究は50年後にもする。そうすると アソコの森が消え アソコの流れが消え 
変わらずあるのは 雲の流れと 吹き渡る風だけ ということに 気づきがあるんです。
今の福島と同じことが各地で起こってることに「50年後の会報」は訴えるでしょうから・・・。
それこそ地方山岳会の意義でしょう。「同人」じゃ 根差す地域もないわけですから・・・。
by tabi-syashin | 2015-10-31 23:22 | colum | Trackback | Comments(2)