南会津彷徨(再)

d0237340_13254684.jpg


南会津彷徨

幾度となく思慕の糸を放ち 幾重にもなる思いを重ねてみても 究極的満足を心に宿すことができずにいる南会津。渋さと地味さと厳しさとを混在させ彼の山々は今日も問いかけてくる。これに応じようとする我が内なるものは「胎内回帰」という概念だけだ。

求めなければ決して明利な答えを与えてくれず、その幽玄な山懐に立てたとして、そしてまた一種の感慨を得たとして、それでもさらに次なる問いや焦燥が待ち構える。一度はまったら脱出不能な循環軌道に乗せられてしまう。一つを終えても 再びまた「憧れの淵」に立たんと思慕の波が押し寄せる。

30年を経た今でも それが私にとっての南会津でいる。
-----------------------------------------------------------

トラさんへ

この短文は 山岳会当時(30年前)の文集に載せていただいたものです。
最後の行の「南会津でいる」という下りの「いる」という部分ですが
会津を想う心の状態が 現在形でも「ある」ということ、ここが大事なんですよね。

私の場合は 30年前も 30年後の今も 同じ気持ちで「いる」というわけです。
これが 私にとっての「南会津である」とか「南会津であった」 などと記せば
すでに「彷徨」は消えて 「定着」を望む自分になってしまいます。
それは今の私自身ではなくなるわけです。会津の魅力ですね 魔力かな?

奥の深い あの重なる山並みは奥会津故なんですね。
だから恋い焦がれるのではないでしょうか?
5月こそ会津歩きの季節。雪の尾根が おいで!と自分の未踏峰へ招きます。
[PR]
トラックバックURL : https://tabilogue.exblog.jp/tb/21134084
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by torasan-819 at 2014-09-22 21:37
30年を経ても現在形であるということに、南会津への深き想いを感じます。
何なんでしょうか、あの会津の山並みに感じる郷愁というか、太古からの時の流れを意識せずにはおれないような感覚…
自分も残雪期に会津の山々を繋げて歩きたいとの思いつつ、未だに実現できていません。
Commented by tabi-syashin at 2014-09-22 22:01
なんなんでしょうね 「魅力の源」。一つの山に登ると 向こうの山に登るということが 来年あたりできそうだ このまま 繋げたいと思ってしまうんでしょうがw その源は郷愁に似てるとでもいうか 胎内回帰とでもいうか おそらく そういうもんなのでしょう。問題は どこで どこまでやったら 満足するかという 自問のような問いかけへの これまた 自答のような納得の仕方なんでしょうね。奥が深いですよ 会津は・・・。有名山ではないけど 昨日今日の人がラッキーで登れる山は国道筋だけ。雪が付けば付くほど 難しさのランクが上がる。人を寄せ付けない魅力の山がたくさんありますから 会津の山の魅力は 「人」を寄せ付けない魅力とでもいうんでしょうかね?
Commented by tabi-syashin at 2014-09-23 07:47
色んな人のブログを眺めていましたが・・・気づくことがあります。福島の山に登られて 特に会津に惹かれたと書かれたブログを見てますと・・・那須の山々を会津の山との関連で書かれている方がおられますが、那須の山 三本槍とか朝日とか流石から見る?眺める会津の山と 例えば 会津朝日とか御神楽とか三岩あたりになるのでしょうが、それを会津の山と呼称するのと 僕が焦がれる会津の山とは違うんですね。

なんというか それは「国道沿いの山」であって 冬の白い化粧をまとって山毛欅ではなく 白銀とオオシラビソの黒い樹林とのコントラストの中に立たないと 会津の山だと言い切る雰囲気さえもないのですよ。

感覚なので簡単には言い切れませんが 行ってみればわかるんですが 重なる山並みというのは おそらく 奥利根から越後に続く山なみなのじゃないのかな?と。会津の良さは 越後の良さであり、険しい奥利根から続くという恐れみたいなものがあって 畏怖の念もあって会津の山の魅力があるような気がするんです。語弊は承知ですが・・・ そのように感じてます。
Commented by tabi-syashin at 2014-09-23 09:23
越後側から檜枝岐に近づくと、越後三山を右に見て、銀山平で会津の山に切り替わる。 新潟の小出から只見線で右に毛猛 左に浅草を見ると、ここに区界があっても 越後の山との繋がりを感じます。特に雪の世界となりますと 会津と越後の繋がりは確実になります。

朝日に照らされた薄ピンクの雪に黒いシラビソの森のコントラストが会津の山という先入観みたいな概念はとうてい消えません。むしろ そのものという感じです。想いは駆り立てられるわけです(笑)

雪にスラブに剣谷と、残雪の縦走イメージ とくに 村杉半島と対岸の未丈から毛猛までの尾根筋などは会津の山と越後の山との区界になると思ってました。未丈までは縦走しましたが藪にやられて毛猛に行き着く前に敗退したのが心残りです。そういう「残念」という想いが残るから 会津の山は畏敬の念が積み重なるわけなんでしょうね。
by tabi-syashin | 2014-09-21 13:26 | Mount M aizu | Trackback | Comments(4)