人気ブログランキング |

栗子逍遥

d0237340_22192942.jpg
1202m峰・大杭甲山から見た栗子山と その右肩、七ッ森方面1170m峰


南会津山の会「いろりばた」のデジタル化作業も一通り終え それでも冬は暇なので、以前に在籍していた山岳会の会報を整理していた。

それらに目を通しているうちに、どうしても自分の拙文に目がいってしまう。その文章たるや たとえようもない程の「くどさ」「堅さ」で、よくもまあこんな文章を書いていられたもんだなぁ と当時を思い出し苦笑いをしてしまった。

ホームページもブログもない時代、写真で伝える・ビデオで表すということもなく、すべてを文章で表現する・伝えるという時代。ワープロからNECのPC98に変わりつつある時代で、Windowsなどまだまだ出ていない時代の話。


もっとも当時 自分は運営委員だったので常々そういう立場 そういう話し方 そういう書き方になってしまってもいたわけだが・・・、、、だってねぇw 会員から提出される年間150~300ほどの山行計画を束ね 会の方向性を打ち出しながら会の運営をしているわけだから どうしても堅い文章になってしまう。

好き勝手なことをすれば「会が会ではなくなってしまう」わけで、山岳会は同人ではないし、だから その意味でも大らかに理解してもらいたい ということだ(笑)


それゆえ、ある意味 クドイと思われる文章も 当時はなくてはならない要素であり、また 自分はそういう存在だったのだろうと思ってもいる(それでも事故や遭難は起きるものだが )。ついでながら 今回、笑えてしまう拙文を再校してみた。



------------------------------------------------------


特集 「栗子逍遥」 1994


新入会員の野寄君からの受け売りだが、入山口の一つである福島県茂庭地区が治水ダム建設により水没するということを知った。というより全く知らずに今日までいた。

さらに彼が私に差し出し読書を勧めた小説、日本動物文学の草分け的な一冊、戸川幸夫著「高安犬物語」。この中には山形置賜地方の雪山を村田銃一丁で闊歩した猟師源次や吉、猟犬シロやチンの物語が描かれている。豪士山辺りの情景がよくわかる。

さらに 深野稔生氏の寄稿文「岳人」No.423に掲載された「ヤブ山と私」の一節゛名山の修飾詞を知らない山並み″とのかかわり方もお陰さまで学び得た。名山名谷ばかりが山の全てではない。


私自身が栗子山周辺に興味を抱くようになったのは時代小説の中だった。赤穂浪士に関する小説が二編、歴史上の人物、赤穂藩城代家老 大野九郎兵衛をそれぞれに捉えられていた。

この人物もこの地に関わっていたのである。その根因となった南会津山の会の機関紙「いろりばた」の記事も見逃せない要因の一つであると特に記しておきたい。

何の変哲もない奥羽連嶺の狭間、藪山との関わりは冬の味わい方に生まれ故郷への思い入れも加わり、一種の複合性をもって自分の前にあったのである。

来期は七ッ森のスキーコースに出掛けてみようかと密かに思っている。
トラックバックURL : https://tabilogue.exblog.jp/tb/20319439
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by tabi-syashin | 2014-02-05 22:25 | Mount Kuriko | Trackback | Comments(0)