割烹東洋館  向山

d0237340_14371209.jpg


創業は明治40年、杜の都仙台に旅情を誘う東洋館あり、眼下に広瀬川の風情を愛でながらの会食はいかが・・・
ネットで「東洋館」のホームページを開くとそう書いてある。さらに続けると・・・

東洋館は、仙台市内から広瀬川を隔てた丘陵地の向山にあります。 この地は伊達藩政の頃建立された大蔵寺(*明治21年廃寺)の境内で、藩祖伊達政宗の御廟である瑞鳳殿に隣接する由緒あるところです。創業は明治40年。当時のままの木造建築は、歴史の重みを伝える重厚さとあたたかなくつろぎを醸し出しています。どのお部屋からも市内の絶景を一望でき、優美な桜、豊かな緑、艶やかな紅葉、清浄な雪景色、春夏秋冬いずれの季節にお越しいただいてもじゅうぶんご満足いただけます。お料理は、四季折々の旬の味わいを、個室でゆったりとご満喫いただいております。また、古い建物ながら随所にバリアフリーの工夫を施し、従業員一同すべてのお客様にお気軽にお越しいただけるよう心を砕いております。ぜひ、当館にお運びいただき、杜の都仙台での満ち足りた時間をお過ごしくださいますよう、お待ち申し上げております。              

                        ・・・以上がネットでの口上である。
d0237340_21465088.jpg

さて・・・きれい事ばかりも言っていられない。。。地方が中央を仰ぎ見る、もしくは中央のさじ加減ひとつで地方の行政が左右されるといった「公務員の南北問題」といわれる「官官接待」、その極みは「ノーパンシャブシャブ」だというのだからナサケナイ。これで世間から顰蹙を買い「公務員天国」は地に堕ちた。快楽の極みを不夜城新宿の夜に任せた民間も裁かれるべきだが、それにしても芸がないではないか・・・お座敷遊びのほうがよっぽど味わい深いのに(笑) 底にバブル崩壊の流れがあって割烹も閉店の憂き目にあった格好、「新宿接待」は割烹文化の衰退にもよるのだ。

宮城県庁の横手にあった400坪の「八百粂」、2004年2月28日に営業をやめている・・・あの場所 二日町北四番丁交差点角、黒塗りの公用車が滑りこんでいた門も塀越しの竹藪ももうない(今はオンワード樫山の仙台支店ビル)。医学部教授会の先生方も通わなくなったし 各種学術会議は宴会先の指定をやめた、、、八百粂はそうやって時代の流れに包囲され店を閉じた。腕の立つ板前は仙台を出てしまっただろう。「大阪吉兆」同様、経営者の失態やら世間様の変容やら、彼ら板前にとってはとんでもない時代のシワ寄せだ。

いまや 仙台唯一となった割烹、その老舗の料理を戴きに「東洋館」を訪ねた。もともとは茶屋で、明治40年に日本料理の割烹として創業以来の古い木造建築を使っているという。パンフには土井晩翠や阿部次郎ら文人たちが訪れ、文学論に花を咲かせたと書いてある。割烹というよりも茶屋の発展形のようだ。

仙台駅からタクシーを拾い、南町通り一番町交差点を左折し東北大北門、同金属材料研究所前を通り、霊屋橋をわたって広瀬川を左手に見下ろしながら鹿落坂を登った。運転手は学術会議で来仙される先生方をこんなルートでお送りするのだろうなぁ?と いかにもそう思わせる顕著な観光コースを走った。着いた所は伊達御廟瑞鳳殿の裏手にもなる。仙台藩以前の奥州街道は大年寺山を東から迂回し山の裾を辿るように鹿落坂を下って米ヶ袋に至ったとされ、東街道の愛宕越路という名が示すように越えるのが険しい道だったと語られる。

d0237340_21472275.jpg

料亭の緊張感から「玄関先でもたもたするかな?」と思っていた矢先、車のドア先には番頭がもう迎えに出ていた。割烹というと雰囲気に圧倒され気後れしそうだが・・・今は全然そんなことはない。会津割烹萬花楼でもそうであったが、客が大仰であればあるほど店側は逆に安心もするのである。とはいえ品の良し悪しの採点は車を降りた時点で熟練番頭に見透かされている。上辺だけの華燭でやり過ごそうと計らっても、そこはしっかり値踏みされているのである(笑)

黒い小石を敷き詰めた三和土で下足札をもらって、次にコートの預かり札を貰うのだが コートのポケットに突っ込んだ中身をいきなり出しカメラの小道具たちと一緒にバッグにつめかえるわけだが、客としては「間のとりよう」がない。小さなテーブルが用意されてあればバッグを床に置かずにゆっくりと一連の動作ができると思えるのだが、、、まぁ、ちょっとの小言である。

d0237340_21481787.jpg

d0237340_14372084.jpg


失礼ながら ここの割烹はカビの匂いがしなかった。風邪の治りかけなので嗅覚の鈍さはあるのだが、部屋に案内される暗がりの廊下に必ずといってよいほど一瞬カビ臭さが漂う角があるもの、、、だが明治末期から1世紀を経ても匂うことはなかった。こちらでは雨風の修理はきちんと為されているに違いない。

敷地東端にあたる八畳二間の個室に通される。黒いテーブルと椅子、贅沢な御座敷だ。高みからは、眼下の仙台市内を経て太平洋までが眺められる。広瀬川の流れにそって、上流から霊屋橋、県立工業高校、学院大六軒丁キャンパス付近、そして愛宕橋。学生時代に闊歩した下宿の地、土樋、鹿ノ子。雪囲いの庭をはさんで青い思い出が手にとるように過っていく。いつも対岸として眺めていた向山を 逆にこうして見下ろす懐かしの風景は格別だった。

d0237340_2151366.jpg

先付けは自家製梅酒が添えられ、前菜に青こごみ、みずなど一般では手に入らない、季節を先取りした山菜が並ぶ。どこから仕入れたのだろう?いぶかるほどの春の山菜たち・・・、さすがに割烹だ。板前の冴えは仕入れのルートまで確立させている。ひと口サイズの前菜に盛られた煮こごりが旨い。今日の味わいの露払いである。うっ、忘れてならん(笑)酒は浦霞の燗つけである。勝山でもなく 天賞でもなく 浦霞が選ばれている。昔は勝山か天賞だったろうに・・・。

造りではボタンエビの飾りが見事だった。さらに逸品と申せば・・・潰した大根に牡蠣をとじたもの、さらに白子の天麩羅などは絶妙の味だった。どこぞの女性ブロガーのように焼き物 煮物 揚げ物などの画像をたくさん並べればよいのだろうが 山菜を小正月の膳に並べた板前の“粋”を感じ取れば、どれをとっても上品な割烹料理となろう。それより美味しい料理と贅沢な雰囲気、時の流れ、文人墨客・先人たちの座興を想像することの方がよっぽど楽しい。


昼膳は とてもお安い。。。
ぜひとも次回は夏の夜景を眺めながらの宴をしたいものである。
生きるがうちに是非一度。。。
d0237340_14372636.jpg


d0237340_21505395.jpg


d0237340_21485719.jpg

[PR]
トラックバックURL : https://tabilogue.exblog.jp/tb/15003463
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by tabi-syashin | 2011-01-16 14:04 | Miyagin | Trackback | Comments(0)