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Olivetti" 1972

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この Cafe Mozart には Olivetti タイプライターが飾りとして置いてある。実に、大学を出て初めて勤めた会社がこのタイプライターの日本オリベッティ社だった。

全国のキャンパスが入学時から卒業時まで学生運動で盛り上がっていた時代だけに、就職活動などしたことがなく 意図して筆記試験のない会社を選んで(笑)就職課の求人募集要綱のままに出向いた。活動家連中のアジテーションが響くキャンパスで、少し後ろめたい気持ちになり背中を丸めてしまう自分だった。後にも先にも就職活動といわれるのはココだけなのだからと自分に言い聞かせたし、同時にそれが仲間への言い分けでもあった。入社試験はあるテーマに基づいて「集団討議」という方法。三次募集ということもあってか、たしか受験者は7名だったような?思いのほか少なかった。「合格基準に達すれば合格させます、履歴や縁故などを問いません」と試験官がいっていたので「これならいけるかな」という期待もあって真面目に面接した。運よく仙台支社から数名がピックアップされ、自分はその一人となった。

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やがて、11月だったろうか?通知通り二次面接を受けるためolivetti本社に全国から数十名ほどが召集させられいよいよ二次面接。本社近くの雅叙園の和室に移動し、20名ほどのグループに分けられ一次試験同様、設問が示された。これも討議とあって不勉強な自分は本音で安堵した(笑)互いに論議応酬しあうことは学生運動のお陰か?苦にならなかった。面接官である人事課長総評があり「君だけが数字に関する発言をしていたね」と着眼点の違いが他者を抜いたらしく、通知結果は合格。当時としては珍しい、学業知識に左右されず討議で人選する画期的な入社試験制度。筆記試験の成績やIQ(知能指数)よりも生身の人間の発するEQ(感性指数)に視点を置いていた。良い手本が既に40年前の日本にあったことは僕にとって凄い出来事だったと素直に思う。現在の勤務先でもこのEQセンスを養うことを第一義に新人・後輩を指導している。
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さらに当時 週休二日制を導入していた画期的な会社だった。富士通 日電 IBM 電通 日本コカコーラや第二地銀でも採用したばかりの制度だ。初任給は64000円、分かりやすく言うと 国分町で飲んで毎夜タクシーで帰っても暮らせる給料だ。職級が上がる度に研修制度があり、同期入社30名ほどの新入社員は3ヶ月間の研修を箱根小涌園で受けて後に配属辞令を受けた(研修で使われたテキストは「IBM-360入門」)。そんな所にも魅力を感じた、実力さえあれば職級があがるというのは年功序列型の日本では画期的な考えだったから。半世紀近く過ぎてこの会社の悪口をいうOB社員は周囲には一人もいない、理想的な会社だったと僕は思っている。当時、日本に上陸してまだ10年ほどであろうか?目黒の碑文谷に日本支社はあった。社長はルチアーノ・コーヘン イタリア人だ。社屋は平屋の立派な美術館のような建物、中に足を踏み入れるや驚きの連続だ。そちこちに絵が飾られ、さらにどの部屋の机やパーティションも統一され、カラーリングも統一されていたのである。鶯色に藤色に藍色、これらに時々赤が入る。黒が調色されてるのでどの色もくすんだ感じが堪らない。玄関から奥の部屋までずうっと渋いカラーリングは黒い縁取りでなお引き締められ見事にバランスを取っていた。さすがにイタリアの会社ってのは「オフィスからして 捉え方が違うんだなぁ」と田舎者はブッタマゲタものだった。昨日まで公安に追われていた学生たちは、今日から「学生服を着たまま」民間企業に滑り込んだ。活動家の大半はそんな感じで企業に就職した・・・1972年の春だった(つづく)


PS.
何種類かolivetti製タイプライターにはモデルがあって・・・
僕が好きだったのは 鋳物でかたどられたモスグリーンの Lettera 32(英文学専攻の姉が既に所有していたのには驚いた)と
パッケージも一緒にデザインされた、真赤な Valentine だった。
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by tabi-syashin | 2011-01-14 19:40 | Miyagin | Trackback | Comments(0)