2015年 10月 09日
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飯豊の「おとぎ雪」のこと

今日車に乗せてもらった時に会長さんから、「こんなに雪降ったのだから、今年は夏、飯豊山に雪たくさんあるよ」「そうだよ、秋まで残るよ」というような話をしたら、そのような雪を「おとぎ雪」とおっしゃいましたので、よかったと思っております。





御沢の源頭部に朝陽があたる


また戦前の名残で母方の実家では 小作人も働いていたし女中もいた。孫や子らは 「サクー、サクー」と小作人を呼びつけていた。線路の向こう山の杣、鳥夜野(とやの)という所に女中の実家があると密かに聞いていた。何故かそれだけ今でも覚えている。屋敷のまわりは松や樫の屋敷林(イグネ)が囲ってある。家畜は牛・ヤギ・ウサギ・鶏・チャボなどが飼われていた。田畑同様、家畜の世話は小作人の仕事だった。
庭には井戸があり「手こぎ」ポンプ、家の飲み水は別井戸で「電気」ポンプで汲み上げていた。大きな池もあった。使用人の洗濯は池の傍の小川でなされていた。味噌蔵、米蔵などの他に養蚕業が盛んなころで記憶の片隅に糸紡ぎ機の跡もあったような。さらに隣の縁戚の家は造り酒屋もやっており煉瓦造りの大きな煙突があった。当時の電気製品では無いものがなかった。
夏の午後、暗い屋敷に入ると目の前が真っ暗になり目が慣れるほどに薄暗い中に土間囲炉裏が見えてくる。小作人や仲居女中たちが食事をする場である。隣に土釜や蒸籠があって裏木戸に近い所に農耕具が備えられいた。
食事は女中たちによる配膳だった。台所は板間で大きな食器棚と戸袋があって、普段の食膳も地域の宴会の配膳なども全て台所で準備する。膳を用意して居間まで運んでくるのも女中方だ。
2016年 12月 31日
余計なお世話ですが・・・

「岳」
岳というくらいだから嶽々しいイメージなんでしょうか? 里山・藪山がその対象になるのか?という問題はさておき以下は 自分の考えです。気楽に考えてみてください。
「能ある鷹は爪を隠す」
謙譲な心を美徳とする日本人であれば 自己紹介のときに「宮城の岳人 ◎×です」 とは言わない。「宮城の山好きっす」 とか 「藪専です」 とかでしょ? ましてや「岳人やってます」と職業紹介のような名乗り方もしない。「岳人」という言葉には「敬意」が込められて使われているからだよね。
「私は宮城の天才 ◎×です」
って・・・自ら名乗る人って見たことも聞いたこともない。「宮城のヒマ人やってます」って 冗談や謙遜ならありだと思うけど、ノリ なのかな?それにしたって 「皆さん 私は宮城の人格者です」と名乗る方がいる? 第三者から 「あの人は立派な人だ」と言われたり、「名誉」や「褒め言葉」風に 使うんじゃないのかな?
「謙譲」
自分の能力や功績を人前に自慢したりしない表現を古来、謙譲という。だから「私は自他共に認める人格者だ」とは言わない。けれども「自他ともに認める山好き」とか「自他共に認める趣味人」、「娘からアホと呼ばれるほど山好き」とか 自分がへりくだるなら 日本語として成立する。
「威厳」
謙遜、謙譲、敬意、、、一人称ではなく三人称で使われる言葉なんじゃないかな。「岳人という言葉に尊敬や威厳を持たせた使い方」が一般的だし 使い方としては そっちが宜しいんじゃないかな?
一人称で使わず むしろ謙譲語として遣ったほうがいいんじゃないか!
「岳人」
還暦ほどの者が自らを「岳人」と称しプロフに載せている方がいるけど、「岳人を自称する」つかい方はヘンでないの? 経験の長い山岳会の方々でも 自ら岳人と称することなどしません。皆無。「衒い」を排するというか むしろ己を諫め慎んでいる。それが普通です

