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夏ですね。

日本人の感性を表す・・・「衣替え」
もとは平安時代、宮中の行事「更衣」だったようです。

鎌倉になると「更衣」は衣服だけでなく
家財調度具までとり替えることを含むようになったそうで

江戸になると武家は年4回も更衣なんだそうです。
江戸庶民も4月1日に綿入れからパッと単衣に替え、 粋でしたでしょうね。

明治政府は洋服の導入とともに
現行の6月1日、10月1日 を衣替えの日と定めたようです。

だんだんと世俗的にはなりますが
それでも伝統文化、季語を表す「衣替え」 いい言葉ですね。

日本の夏です。 味わいましょう。。。


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チングルマ
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コイワカガミ
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ユキワリコザクラ
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ワタスゲか?

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by tabi-syashin | 2015-06-01 12:03 | Mount | Trackback | Comments(0)

桜花

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by tabi-syashin | 2015-04-27 15:33 | Sakura/plant | Trackback | Comments(0)

sakura monochrome 2014

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by tabi-syashin | 2014-04-14 06:23 | Sakura/plant | Trackback | Comments(0)

境内 snap   monochro 32-35

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SIGMA DP2 Merrill
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SIGMA DP2 Merrill
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SIGMA DP2 Merrill

塩釜神社境内 おさんこ茶屋 
三色だんごにしようか、味噌おでんにしようか、、、悩んだ挙句 味噌おでんを選んだ。
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SIGMA DP2 Merrill
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PENTAX K5 , FA77mm Limited
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by tabi-syashin | 2013-03-14 22:54 | Miyagin | Trackback | Comments(0)

母と・・・ monochrome 31

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SIGMA DP2 Merrill

塩釜神社で こんなシーンと遭遇した・・・ 

皆さんにも母や祖母と手を繋いで見つめた・・・なんかそんな思い出の一つや二つあるでしょうね。そんな思いを巡らすシーンがこの写真から思い浮かぶとすれば・・・、私の場合 それは福島。 放射能が通り抜けたけど?母の実家近くの黒岩虚空蔵尊での思い出が浮かんでくる。

初めてみる懸崖造りのお寺さん、黒岩の虚空蔵さま。丑寅の護り本尊で、寅年生まれなので何かにつけてお参りさせられた。もっとも母にはそんなつもりはなく、お祭りの日になると連れ出すぐらいのことだったかもしれない。境内には丑、寅の像があって その像を撫でることでご加護があると信じられていた。

当時、見ず知らずの世界を目の当たりにした私の心を読んでか、その不安をそっと庇ってくれた母の温かな手や、初めて見る物事に傍らで、同じ角度でだまって見ていた祖母の眼は自分にとっての「安心」という存在だった。今思えば懐かしい想い出だ。そんな故郷を失うのは嘆かわしい愁いのようなものだ。

この一枚の写真。塩釜神社での奉納神楽の演奏中のシーン。神社で初めてみる楽器や踊りや行列にすっかり驚いてしまって、(若い)祖母の後ろから顔だけ出して覗き見ていた小さい子の姿があり 幼きころの我が身を重ねてしまった。その子の頭をそっと押さえ、面前に出してあげる若き祖母の姿に・・・ハッと我に返りカメラを構えスナップした。余計なものも写ってしまったので、トリミングで試行錯誤した。














  
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by tabi-syashin | 2013-03-13 22:16 | Camera | Trackback | Comments(0)

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もうすぐ 丸2年が経ちます。

2011年 イッズミーでは食糧支援に5月~11月 皆で走り回ったのですが、、、正直にいいますと、昨年2012年は個人的な協力しかしなかったんです。七夕とJAZZフェスと光ページェントというイベントの日しかカンパ支援に参加しなかった。別に知らんぷり、そっぽ向いていたわけじゃないんですけど 仮設住宅に全員入居し避難所が3か所とも解散となる日までが合言葉だったし、解散になったと同時に、緊張が抜けたというか 目標を失ったというか、、、 結果的に2011年で支援活動が尻切れトンボになって、2012年に継続できなかったのでした。これは事実です。

僕らイッズミーとして 東松島地区の食糧支援&義援金50万円集約で「2011年の活動は終わった」と総括したのですが それが「甘かった!」のかも 今となれば・・・の反省です。市民運動的な脈略がない上に 一部の有志だけでの活動継続はかなり厳しいな? そう思いました。 短期決戦の食糧支援(月2回の生鮮食品の配布活動)は皆で積極的に取り組んできたのですが、その活動の途中で、2年目、2012年には何をしようか?・・・を考えていなかった。最後まで目標通りに活動できた2011年でしたが それから2012年へ継続発展がなく中途半端で終わってしまったなぁ と反省していたところでした。
 
じつは・・・昨日も 遺骨捜索がユリアゲ浜でなされました。 

その後、どんな形で協力しようか?と考え続けておりましたが 先ず活動にどんなものがあるのかを見聞きするうちに「見えるものから」判断すると・・・被災地の特産物を購入する、遺骨、遺品の収集団として捜索に参加出来る というのが分かりました。未だに毎日、浜に出て帰らぬ肉親を探しておられるご遺族の気持ちを思うと我々が何かをしなければ と思うのは普通の流れです。さらに我々の「せっかくの気持ち」が2011年からずうっと繋がるならば・・・と考えるようになりました。それで「浜での捜索が呼掛けられた日」だけでも協力しなくちゃ・・・と。

2011年に培った「せっかくの気持ち」が継続され、現地とガッチリ手を結びあわなかったら将来において悔いが残ろうというもの。もちろん 気仙沼や 石巻や 閖上や 南相馬や 海岸の町にツーリングに出かけて特産物を買うことだって、仮設住宅でバンド演奏活動に参加することだって「強力な連帯」です、遺骨収拾だってその一つだと。。。まもなく3年目 今やらなければならないことを 自分たちでできる範囲でやっていく、自分の考える何かを、自分の力の範囲で、どんな形態でもいいので 連帯・実践していく。

こちらも どんなことがあるのか?都度呼び掛けますんで 
できることから始める、宜しくお願いします。                                               
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曇り空で 雪をまとった耕地という条件ですから モノクロで撮るには条件が悪いのです。 ISOをわざわざ200に上げて シャッタースピードも1/125に上げたりして撮ったんですが・・・ やはり 巧く写せませんでした。

上の写真は左右端に緑かぶりが さらに下は屋根裏にマゼンタかぶりが出ます。WBを曇り空、ISOを200と設定したのです、JPEG撮りでは修正厳しいようです。ISOを400以上に上げればさらにバンディングノイズが出やすくなりますが JPEGで撮った場合 明度 彩度 コントラストぐらいしか後処理加工できません。でもRAWで撮影さえすれば、SIGMA SPP現像ソフトでバンディングノイズ処理やマゼンタかぶり、グリーンかぶりの修正・調整ができます。楽しみなことは 今度のSPP現像ソフトはDP2,3Mのモノクロ向け現像加工チャンネルが設定されていたこと。
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by tabi-syashin | 2013-03-04 21:55 | Mount MINAMI ZAO | Trackback | Comments(0)

Monochrome26

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SIGMA DP2 Merrill
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by tabi-syashin | 2013-02-28 08:46 | Camera | Trackback | Comments(0)

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SIGMA DP2 Merrill
週末 また最強クラスの冬型になりそうで・・・ との予報だったけど 今朝はたった3cmの積雪?
しかし 来週には気温が上がって いわき市あたりでは10度を超えるらしいとも言ってた。

おてんとうさんの悪戯か?、ガッカリさせられるほどに喜びも一入って感じだろうか 
やがて3月啓蟄を迎え春の彼岸まで 一進一退の季節が始まる・・・いよいよ 春だ。 



今年も、「ハイキングと撮影」というテーマで秋まで続けようと思う。
健康で足腰を鍛え 体重70kgをキープする(笑)  休日はとにかく歩こうと思う。

総じてカメラ&ハイキングだが 今年も最初の山は泉ヶ岳を予定している。
近場、近場と山を繋いで 秋には少し大きな山行ができるように 鍛えたいと思う。

今年もピークハンティングなどに固執せずに 雀の歩みにも似てゆっくりと歩こう
景色を眺めながら おいしい弁当を食べて 山と撮影とを味わいたいと思う 

山好きな皆さん 写真好きな皆さん 今年もどうぞ宜しく! 





















 
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by tabi-syashin | 2013-02-23 10:01 | Camera | Trackback | Comments(0)

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FUJIFILM X10

朝から陽射しが明るかった。寒かったんだけど久しぶりの晴天に家を飛び出た。冬のコントラストが得られるので 10時ごろの光がちょうどよい冬の日溜まり加減だ。富士フィルムのX10持参で モノクローム撮影が今日のテーマ。

手先がかじかんで、それにまたカメラを持つ手が冷たくて、撮ってはポケットにカメラごとしまいこんで、構図がイメージできるまで指先を温め、またカメラを取り出して・・・を繰り返しながら撮影した。まずは近所の東照宮でモノクロにピッタリな被写体を撮った。境内が工事中で社の正面撮りに工事の防音幕が入り込んでしまう。唐門も右半分で構図を決めないと、本殿前の階段に張ってある防音幕が容赦なく入り込む。というわけで被写体をだいぶ制限しながら撮影した。枚数は100枚程度。

最初のカメラ設定ではコントラストが弱かったので 現像時に修正してみた。写真全体的に引きしまった絵となったが暗部のラティチュードが弱くなったかなと反省。黒い山門と御影石の白さ どちらかの色が強いとどちらかの色が後退してしまう。
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今日 持ち出したカメラ、 富士フィルムX-10は小さいのによく写る、ズーミングが素晴らしい。でも欠点があってマニュアルフォーカスがとんと使えない。背面に在るピントダイヤルはとてもじゃないが使えない 機能的じゃない。これならX-E1かX-Pro1にすべきだ。それと水準器が2度ほど狂っている。たまたまX-10購入数か月後にX-Pro1が発表された・・・悔しがったのは云うまでもない。我慢して使ってきたが X-E1に替えようと思う。
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by tabi-syashin | 2013-02-17 17:09 | Miyagin | Trackback | Comments(4)

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光さす食堂(吾妻小舎) Monochrome 15


 TVの宣伝に煽られつられ映画館へ、封切となったばかりの山田洋次監督「東京家族」をみてきた。それでその 映画のお尻部分から今日のブログが始まるので 誠に申訳ない。


 込み上げてくる感情で泣き面になったのを見られるのはイヤなので、館内に明かりが灯るようになっても席を立てないでいた。そんな時、終映の字幕、エンドロールが流れるスクリーンに「この映画を小津安二郎監督に捧げる」めいた文字がチラリと映された。「東京家族」の出生をこの時に知った。前知識もなく山田監督作品というだけでシルバー料金の映画館に入ったのでこの映画が生まれた背景なんてわからなかった。じつは上映途中から妙な感じがしていて、演じるタッチが何かに似てるなぁ?と疑問符を周吉役の橋爪功さんに抱いていた。この映画を見終えるまでずっと、それが何かを思い出せないでいた。

 で、この字幕でやっと、あぁ!あれは笠智衆さんの動きだったのか、と遅まきながらモヤモヤがとれた。主演で父親役の橋爪功さんは 原本「東京物語」の笠智衆さんをイメージして演じていた。いやいや、俳優さんをモノマネの如くに例えるのはとても失礼なことだ。が、72歳という人物設定には過度な半ば硬直した仕草(失礼!)や、首をほんの少し回し顔を手向ける姿や 台詞をぶっきら棒に云うあたりは それが誰かの演技そっくりだと私に思わせていた。字幕「小津安二郎監督に捧ぐ・・・」の段になってやっと 誰かの誰が、じつは笠智衆さんだと確信したわけ。


 小津安二郎監督の映画「東京物語」では(他の作品でもそうだが)何でもない淡々とした日常の中に当世風な世情をあらわした人物を登場させる。例えば、東京に暮らす長男も長女でさえも尾道の重篤の母を見舞うのに喪服を用意し東京を発つ、こんな風に60年前の都会人の当世風、合理的な割り切り感をドライに演じさせている。また70年前の太平洋戦争や 2年前の東日本大震災、その時代、その時代の象徴的な大事件にあって、「まとまっているように見えても崩れやすいし、いつかは離別するもの それが家族」というメッセージを観るものにも残してゆく。

それを如何にとらえるかは受け手側の問題でもあるのだが それは当映画で周吉夫婦の東京旅行での妻の急死にまで急転させ、人間、家族、命の脆さの一つとして映しだす。山田監督の作風の違いとでもいうのだろうか、小津映画のもつ淡々さに山田映画の温かみという一味をふわりと加えたことに表れる。

それは旧いFIAT500を登場させその旧さに愛着を持つ次男の「ほんのり」感をキャスティングさせたり、母が無くなる前夜、初見の紀子(次男の恋人)と一晩で意気投合させるあたりに「未来」とか「明るさ」といった期待感を一条の光として差し込ませたりもする。さらに島の隣家に住む少女役の投入により島に残る孤老周吉の明日が朧気ながらも「生活の再生」として映し出される。 

大きな違いといえば 戦争未亡人という過去を背負う小津映画の紀子(原 節子)と 二男との明るい未来を描く現代版山田映画の紀子との対比、独居老人を温かく包む島の人たちの登場など、小津映画と山田映画との違いは随所に散見できる。もっとも 東京物語では戦死した次男が 東京家族では生きてることになっていたり、原節子の未亡人役が井 優になっていたり・・・と筋書きは変えられている。

 昭和28年に戦後の混乱を経て作られた映画と平成24年に東日本大震災を経て作られた現代の映画と、総じて 山田監督が明確に加えたのは震災後の「希望ある未来」のようにも思える。二つの映画を通して 未来を見つめる先がどれだけの明るさを持って見えているのか、その違いがわかってくる。 と同時に それが映画の「時代性」なんだということに受け手も気づかされ 山田作品に理解に深みが備わってくる。

70年という時を越え「東京家族」に加味されたのは「希望ある未来性」。孤独となっても東京の息子たちに頼らずに瀬戸内の慣れ親しんだ土地で生き続けるという周吉の姿に、震災での被災者の姿を重ねてしまう。つくづく映画というものは時代性を担わされてるものだなぁと思った。

 映画作りの手法という目で見るなら、瀬戸内の周吉宅に帰ったことを強く印象に残すシーン、壊れかけの玄関灯を映し、蛾がパサパサパサパサと蜘蛛の巣や埃の被った電球のガラスを叩く羽音を執拗に5秒ほど協調するところなど 最近では珍しい手法だ。そのことで観る者に華やかな東京から一挙に瀬戸内の小島に場面を急転させてしまうシーンだ。それは昔の映画作りに似ており、椿や桜の花が散り落ちるシーンで不吉を暗示させる手法と同じで、旧さをワザワザ狙った意図を感じる。
 
 この映画を見て原作本に遡ってゆく思考もありかもしれない。山田洋次監督の現代版東京物語「東京家族」、ぜひ映画館に出向き あなたの乾いた心を自身の涙で潤してみてはどうだろうか。あれから2年などと軽々には言えぬが 是非とも震災時の想いをこの映画に繋げ 観てもらいたいと思う(完)
 
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by tabi-syashin | 2013-01-21 15:11 | 書棚紹介 | Trackback | Comments(0)