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福島登高会の大滝沢講習会の写真を見てるうちに・・・
昔、大滝沢で撮った沢登り時の写真が
当ブログ内にあることを思い出した。

25年前のフイルム写真だ。
現在の「沢ファッション」と
何が どう 違うのか???ご笑覧あれ

もう質素な 沢スタイル。
ハーネスも無く、スワミベルト1本 腰に巻いて
ヘルメット、ビナ2枚、8環、ビレイ用のテープスリングだけ・・・?

昔は・・・
アンカー採って ザイル垂らして ビレイして・・・ではなく
直登が難しいと思ったら サッサと巻いて
とにかく終了点へ! って考えだった。

もう一枚は 恋ノ岐沢での写真。
ここの沢装備は ハーネスと沢足袋、笛、コンパスのみ?
と思ったら 8環を腰に下げてる、よかった。
このあとに直登の50m滝があるんで ロープ。。

当時は、 煙草も喫ってたらしい。
沢での紫煙はおいしいのだ
シケらないように
ジップロックにきちんと仕舞い、 フィルターはポケットに。



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by tabi-syashin | 2015-07-09 00:45 | Mount Azuma | Trackback | Comments(4)

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今日こそ失敗のないように 何度もネットを調べて ようやく先日の雪辱を・・・(笑) なんたって前回は ロープウェイの索道交換工事の開始日に行ってしまって(笑) 8時前、ロープウェイ乗場の自動ドアが開かないことの理由に気づかずに独り並んでいた大馬鹿モンだったもんで、、、 今日はしっかり真面目顔で「営業してますよね?」と従業員のオネエチャンに聞いちゃった・・・やだねえ年寄りは。。。

何と言ってもロープウェイ往復料金とリフト片道料金とを豪勢に?前払いしたもんだから、あっという間に財布が軽くなって 年金受給者の悲哀を感じた(笑)。うんまっ、冗談はさておき、、、50年ぶりに索道を交換したと聞いて・・・何が変わったか? そりゃあ「安全」が更新されたわけです。で、、、支柱の鉄塔が3本あるわけですが その通過時に以前はゴーッと音がしていたのですが 新しくなってからは通過時の音が消えました! 50年で相当 メインのワイヤーは減るもんなんですね。

それはそれとして チングルマのカワ(・∀・)イイ!!お顔を拝するため プレオープンの天元台に行って、これで・・・47年分の色んな想いはサッパリ昇華させることができました。きもちいいね 風も爽やかだし、 高曇りで暑くないし、なんといっても夏山登山の人形石だ、青春の想い出がたくさん。アルバムも引っ張り出して今日に備えたわけでした。

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昭和43年8月(1968) 天元台サマーキャンプに参加。大学1年で人生初の登山でした。懐かしい写真が黄色味がかっています。ここ天元台は登山をはじめたキッカケの場所。大学一年次のキャンプだった。楽しかったな~あの頃(笑)。何でもかんでも 出会うものすべて・・・山に登って、大地にテントを張って、シュラフにくるまって、自分たちでご飯を炊いて、飲めない酒を飲んで、焚火を囲んで、肩を組んで大きな声で唄を歌う・・・アイン・ツヴァイ・ドライ の掛け声で歌い始めることにさえ目をクリクリさせた(笑)。目の前で繰り広げられるすべてのことが田舎育ちの18歳にとっては初めてで とても「奇異」で新鮮だったわけです。
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コイワカガミ


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人形石
サマーキャンプでは 人形石に登ったりして騒いでました。いまなら顰蹙もんですが・・・
じっと人形石を観察すると、岩のリスに沿って コメバツガザクラがミシッと咲いています。

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ワタスゲ越しに 梵天岩、奥に少しだけ西吾妻山を臨む

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中吾妻方面

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ベニバナイチゴ


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ハクサンチドリ


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バイカオウレン 5葉


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天元台スキー場のゲレンデからペンション村を臨む







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by tabi-syashin | 2015-06-13 22:08 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

大滝

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ズームを構えていると、、、ブヨがわんわんと飛び回って
肌に触れようものなら タオルをぶん回して難を逃れるわけだが
落ち着いて撮るには 三脚と 虫よけネット が必要だ。。。

もう少し 逆光気味なら 白さが浮き出たんだろうけど・・・
3時じゃねえ。。。4時まで粘れば・・・w


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by tabi-syashin | 2015-05-09 09:01 | Mount Azuma | Trackback | Comments(3)

大滝沢

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大滝沢を眺めていたら、急に懐かしい思いになる。

かつての 新人訓練を やたら思い出していた。。。

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by tabi-syashin | 2015-05-09 08:59 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

打たせ・・・湯。

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今日は 白布♨ 西屋で
滝に打たれてきましたw

さっぱりしました。
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by tabi-syashin | 2014-08-23 21:59 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

吾妻小舎の夜

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今年の小屋閉め前々夜、なんか気になって予約を入れた。。
今夜の泊り客は20名ぐらいだそうで カヌーはお預けにして 旧友と一献かわそう。

この小屋は30年ほど昔から なんだかんだと 世話になっている。
ある程度の年齢にならないと・・・、この雰囲気や味、身丈にも合わないことだろう。

スカイラインを通るたびに立ち寄って 休憩に利用してきたりもした。 
管理人の遠藤さんご夫妻の温厚な人柄が 泊まりやすいと評判を呼ぶ小屋だ。
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昨年 遠藤さんが病に倒れ 奥さんが切り盛りされていたが・・・
なにか、何となく、、、気になり予約 ・・・その気になる「勘」が 帰りしなに分かった。
来年 小屋の管理人を譲る ということを伺った。 

なるほど、、、 そんな「勘」が 自分に予約までさせていたわけだ。
来年 飯豊本山小屋の高橋さん(慶応小屋の管理人でもあった)が管理人に代わるようだ。

どうも、遠藤さん お疲れさま  長い間、お世話になりました。
今年はこれで小屋閉めになる 来年 ゴールデンウィークまで冬籠りだ。
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by tabi-syashin | 2013-11-03 15:11 | Mount Azuma | Trackback | Comments(12)

紅葉 吾妻桶沼

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いや なにそれ?って感じのどうってことない話なんだけど、、、吾妻の瞳「五色沼」と桶沼は噴火口の跡で噴火湖と呼ばれ、吾妻小富士 高山 東吾妻は 噴火山もしくは休火山で・・・現役の活火山は一切経山と云うことになる(笑)いわゆるコニーデ式火山だよね(この表現は現在の教育では使わないらしい あんなに一生懸命覚えたのにね)。噴出するマグマに粘り気があってモリモリと山を築いて、裾野も広がるように見事なまでの美形をつくる。岩木山や八甲田山、岩手山、鳥海山、吾妻山、燧ケ岳も同類だ。他にアスピーテ式、八幡平だよね ゆるいウンチのように背高い山を築かない。もう一つ、トロイデ式だったか?中学の時に習ったけど忘れてしまった。現在は死語となってるようだけど誰か調べてみてください。上辺で判断すると思わぬ間違いをすることに(笑)
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by tabi-syashin | 2012-10-21 11:02 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

紅葉 吾妻小舎 秋色

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秋の彼岸、墓参りの日に寄らせてもらったが あれからちょうど一月、吾妻小舎は紅葉の中に立っていた。ダケカンバ ナナカマドの紅葉とシラビソの緑。今年の営業も終わりに近付き あと半月もすればスカイラインも初雪に覆われる。この山小屋は山中に隔絶された小屋とは違って、扉の向こうに世間が隣り合わせに在る感じ・・・。だからと云う訳でもないのだろうが 都会から女性が一人でやってきては山を散策し 夜はストーブにあたりながら 電灯の下で本を読んでいる、どちらかといえば女性向きな山小屋だ。女性向きといえば、名月荘もそうかもしれない、吾妻という山は情感を育むのが似合う?ということか。

宿泊予約は微温湯温泉に申し込むのだが 炊事は微温湯の女将さんが小屋まで登り賄いをしてくれる。料理はかなり美味しいぞ と友には話している。山小屋の雰囲気を味わいつつワインの酔いに任せるなら、お勧めの小屋だ。30人ほどは泊れるのだが それでもギュウギュウなら特別室にも泊れ、この食堂に雑魚寝も。 聞けば昔はこの部屋の中段に板で渡しをつけ中層にも泊ったそうだ。窓から射しこむ日差し、紅葉の葉を透かしながらオレンジ色の光が磨きこまれた床に反射した。 

いかがだろう? 休憩料代わりの珈琲を戴きながら秋の午後を想いに馳せる・・・とても良いアイデアだと思うのだが。 それにしても実によい空間だ いや珠玉の隠れ家とさえ思える。これなら別荘も、書斎も、狭い家に男の居場所を確保することも、、、じつにナンセンスで陳腐にも思えてくる。いったい私有財産ってなんなんだろう?我が別荘のごとく週末にここへ泊りに来ればよいこと と思うのだが まっそうは言っても財布とは要相談だ(笑。
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by tabi-syashin | 2012-10-20 22:09 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

紅葉 吾妻小富士

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地元の人は一度登れば登らないものだが そんな自分は 30年ぶりに登ってみた。あの時は長女を背負って登ったが 今は自分の老体を背負う身となる、じつに重い(笑)そりゃそうだ 人生60年分の重さが両脚に載ってるわけだから あたりまえだ。15分ほどで噴火口についた 反時計周りに周回しようとしたが・・・、途中で引き返した。あいかわらずのコンジョなしだ(笑)
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by tabi-syashin | 2012-10-20 22:07 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)

紅葉 鬼面山東面 

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今日は是非に紅葉の鬼面山を撮ろうと思って、朝早く仙台を出た。残念ながら高速道路から見た山頂部分は雲に覆われていた。鬼面山直下でカメラをセットしたがシャッターを押すには光が足りず躊躇の時間が流れる。それでも時々、パッと光が差し込んだりするのでカメラは三脚にセットしたままウェイティングだ。そういえば 帰郷で眺める箕輪山は雲がかかる日々が多かった気がする。会津盆地や裏磐梯から風が集まり、吹きあげながら土湯峠を越え福島盆地に吹き下ろしてくる、「風の通り道」だ。よく「吾妻は晴れても安達太良は曇る」と父が言っていた。またこの奇態な山容、切れ落ちた肩を風が通り越す時に巻きこんで鬼面山を雲の衣でスッポリまとわせることや 箕輪山などは全体を雲が包みこんで、波頭が砕け落ちるように奥岳側に流れこむ・・・光り待ちついでにいろいろ思い出していた。
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それと昔、この山から安達太良山まで大学一年時に初縦走している とまぁまたも昔語りだが・・・忘れないように記しておく。パーティは学寮先輩:安田さん(掛田梁川在住)、同期の矢沢(実家は浪江…)、塚越(群馬高崎出身)、五十嵐女史(一女高出の美形)、宇佐美女史(寮生どもの憧れ)、同級生タケシそれに私の7人。野地温泉からこの鬼面山を越え箕輪山に向かうのだが、箕輪への登路 掘られた粘土道に少々てこずったことと、同じ箕輪の登路で残雪の白、石楠花の葉の緑、ピンク色の花と三色のバランスが心地良く 登りに苦しむ我々を癒してくれたことなどが印象深く今も手元に吾妻をバックに登る「我が青春」パーティの姿を撮った写真が残っている。鉄山、安達太良山を登り終え「くろがね小屋」に下り、沢の流れる小屋脇の狭いテント場に陣取った。。。
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ワンゲルの矢沢は横デカのキスリングにビニール製テントとホエブスを担いできていた。テントがビニールだなんて、風が吹いたらオシャカ(笑) でも帆布のテントに比べたら天国と地獄の軽さで雨の日ならもろに良さが解る。当時の装備は哀れなもので、綿製のアノラック もしくはビニールポンチョがいっぱしの雨具だった。通気性 速乾性など眼目にもない、第一当時はモノがなかった、あってもビニール合羽だし。防水スプレーなど有るわけもなく、綿製アノラックにわざわざ蝋を垂らしたり油をしみこませたりして雨の浸みこみを防ぐ工夫を凝らしていた。それでもビブラム底の皮革登山靴は矢沢と塚越と購入したばかりの私とで自慢だった。当時はキャラバンシューズが推奨の装備だったから(それがなければズックか長靴だ)革の登山靴はとても大事だった。今じゃ植生を荒らすとか言われ日陰に追いやられたけど(笑)
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今では考えられない装備と不格好ではあるが 当世人以上の強い山への思いを抱きながら登っていたものだ。学生らしい、潔い生き方が尊重された時代背景があり まさに青春を謳歌した学生時代である。 反面 安田講堂が占拠され、新宿騒乱などという如何わしい文字が並ぶ時代でもあった。しかし そんな歪んだ時代に君たちの精神は歪んだか?と問われれば 皆々否と答えるだろう。自己の確立に関しては皆一様に一本の筋を持っていたものだし 賛成反対の両極がともに暮らせる時代でもあったわけだから・・・。青春時代のあの頃 佳き日々だった。



さぁこれで この山に登る理由が見つかった。野地♨にタクシーを予約し、塩沢♨からの循環登山にするか? 「俺たちの百名山」、、、考えるだけでも楽しいではないか。
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by tabi-syashin | 2012-10-20 22:04 | Mount Azuma | Trackback | Comments(0)