カテゴリ:Mount M aizu( 29 )


d0237340_10370753.jpg









三岩の小屋で 白秋の山を語りあう
 
夜は更け 月は高きにあり 透明な白で輝きをます 
小屋を囲むシラビソの木々を 白く照らしだす


シラビソの米つぶほどの葉先には 小さな雫が垂れ 
その一粒一粒の葉の 一滴一滴の雫を 月が透明な白で照らし出す
キラキラと幾千幾萬の葉先が 光の瞬きを繰り返す


とてつもなく大きい クリスマスツリーのようだ


闇に立つシラビソは 幻想のうちに薄衣を纏い 光を飾りとした
深く静かに魅入ると 突然 風が吹きあげた 
枝が揺れ 光の飾りがすべて掃われ どぉっと「光」が降りかかってきた  


凄い 見惚れるばかりで 何もすることができなかった
この驚き、、、これが自然の茶飯事なのか? 
魅入る者に感動を宿らせ それに触れた心を震わせる

 
その感動に 崩しかけた身のアンバランスを知る
都会ズレした身の そんな浸し方でも いいではないか 
オオシラビソの光のシャワー・・・、少し早いメリークリスマス


振り返ると 薪ストーブの灯りが 小屋の硝子から漏れだしている
その硝子のこちらとあちらとに 人間臭さの境界が見えた


仕事に追われ 山にも行けないと嘆いたS
忙しがり屋の彼も そんな硝子の内側の人間だった
賑わいの夏が終わり 山もそして仲間もそれぞれに迎える秋


山との関わりを 静かに見つめなおしている
山は思考の場でもある 
白秋の宵に 想いを・・・、じっくり 語り 伝えよう   

1994年 山行記録より









[PR]
by tabi-syashin | 2015-11-17 11:48 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

d0237340_8164410.jpg





南会津彷徨

幾度となく思慕の糸を放ち 幾重にもなる思いを重ねてみても
究極的満足を心に宿すことができずにいる南会津。
渋さと地味さと厳しさとを混在させ彼の山は今日も問いかけてくる。
これに応じようとする我が内なるものは「胎内回帰」という概念だけだ。

求めなければ決して明利な答えを与えてくれず、
その幽玄な山懐に立てたとして、そしてまた一種の感慨を得たとして、
それでもさらに次なる問いや焦燥が待ち構える。
一度はまったら脱出不能な循環軌道に乗せられてしまう。
一つを終えても 再びまた「憧れの淵」に立たんと思慕の波が押し寄せる。

30年を経た今でも それが私にとっての南会津でいる。





国土地理院が発行する地図  

山岳愛好家にとって 地図は山への思慕を深める重要なファクター。
とくに地形図が今のようにカラーではなかった時代、
モノクロの地図を手に取るかつての岳人たちは最大の想像力を働かせ
稜線と谷筋とを脳裏に浮かべたことだろう。 

国土地理院にて手に入れることができる地図には 
1/25000、1/50000の地形図と 1/200000の地勢図とがある。 
ここで思慕を募らせることができる地図とは「地勢図」の方だ。
とくに好きな地勢図に「日光」「新潟」がある。
この地勢図を端から端まで毎晩のように眺め その山頂をつなぎ 
ピンクの線を入れていっつもカバンに入れて仕事に出かけていた。

果てしなく続くイメージ山行がこの地勢図で簡単にできるのだ。
とくに「日光」「新潟」となれば奥只見から南会津の山々がほとんど網羅される。
この地勢図を見て夢膨らむことがないという者がいたら それは「モグリ」だw 

自分を読手側に置くだけではダメで、冒険物語の書き手に転じないと
山の物語は描けない。 
まして高いモチベーションなど維持できない。

ちなみに・・・、上に掲載したのは地勢図「日光」の一部だが、
田子倉湖から燧ヶ岳周辺はほとんど春先に雪の稜線を繋ぎ歩いている。
ピンクに塗られた山頂はかつて歩き終えた山で一応三角点を踏んでいる
(ほとんどが雪の中に埋まっていたけどw)。 
かつての山岳愛好家というのはこの地勢図で思い思いの山行を夢に見、
計画を練ったもの。今でもだけど・・・。

地勢図というのは岳人にとっては豊かな発想の素、とても貴重なのだ。
若い山ボーイや山ガールも そうでない方も 地形図や地勢図に思いを馳せるようになったら
一人前の登山家になれる(無論、なる必要などどこにもないのだがw) 
僕はかれこれ45年そう思い続けてきた だから君にもそう言える。

なんせ 他人の登った記録の美味しそうなところをツマミ食いするような山行に
キラリ輝くものは何もない。
ましてや 山を語る資格に欠落が生じるのを知っていながら 
胸など張れるものではない。

しかし 喩え他人のトレースといえ じっくり我が心に温め 想いを馳せる計画ほど 
その実行には大きな喜びが湧き上がるものだ。

手に入れることが可能なら、、、地勢図「日光」「新潟」を眺めてみよう。
そこに一本の山波や一つのルートを発見した時、、、 君の冒険物語が始まるのだ。




d0237340_2228616.jpg




今現在、国土地理院が発行する1/25000地形図(@¥250/枚)を買い求め登っておられる方はいるだろうか? 
ほとんどの方が時代の変遷に追われ、GPSやらスマホのアプリで登っておられるんじゃないだろうか?
せいぜい 昭文社の「山と高原地図」で済まされておられる、アナログユースな方がほとんどだろうか?

けっして他人のブログのトレースだけはすることのないように、、、
オリジナルな冒険は自分の心の内にあるのだから。
かつて 地勢図そのものを 夢見る道具に使っていた自分がいた。
日光 新潟、2つの地勢図が冒険の泉になった。

もっとも トレース専門ならNHKのBSをみれば充分ではあるのだが・・・(笑)








[PR]
by tabi-syashin | 2015-10-14 09:42 | Mount M aizu | Trackback | Comments(10)

d0237340_0505227.jpg


これは20年前の自分です・・・
未だ髪が黒々ふさふさしてたんだね(笑) 
装備はガチャもない質素さ(笑)
 
ロングT、パンツに
スワミ、ゲーター、足袋とコンパス。
これに手拭して地味でした。

平ヶ岳 恋ノ岐沢にて・・・ 撮影者:野寄




今年、会社勤めを終えるので・・・

少し 裏山の沢に出かけて
撮り忘れた いや? SIGMAで撮りなおした
デジタル撮影の沢を載せよう かと思う。


はたして どうなることやら?(笑
名の知れた二口渓谷のデジタル版を
ちょっと手掛けたい


もちろん現役の手を借りてだが・・・
3本ぐらい入れたらいいな。




















[PR]
by tabi-syashin | 2015-01-31 00:15 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

会津駒の写真

d0237340_6461612.jpg

駒の小屋前ベンチにて


ご来光を見る形はこんな…カタチ。ジッと朝日を見てるのは若者ばかり

中高年らは朝餉の支度でワサワサ?朝一で駒山頂や中門岳へ?と動きまわってる。

じつに 対照的だったw 

今朝、若者に時間の使い方の「メリハリ」を学んだような気がする。

そうだよね。

せっかく山に来たんだから…、せっかく山に登ったんだから…と、 
時間を切り刻んで アチコチ動き回るのは・・・中高年の悪い癖だよネ。

それを効率的だ!合理的だ!というんだから・・・おかしなもんだ。

いったい何のために「非効率の世界」へ やって来たんだろうね? 

ン~不思議だネ! 謎だネ(笑) つか 反省。。。


d0237340_7254437.jpg



徹夜して登山口に向かい 早朝から時間を気にして 日暮れまでセカセカ歩いて、、、
「心にのこる旅」もないもんだ。

それはただ、アレも コレも 視界に入れただけ。 
感動を言葉にする時間もなければ 一人静かに溜息をつくことも忘れてる。

何をするにも集団で? 今日もゾロゾロ? 
行儀のよい?隊列で高効率を目指す?(⌒-⌒; )

そうだ それに決めた! 
ゆっくり キリンテに下りて 滝沢登山口まで戻ればいいんだ バスでね!(笑) 
なんと非効率的移動方法だろう・・・と思った僕が間違っていた。 

不便さを 君たちは不便と思ってないんだね 
それを楽しさに替え、その時間を味わってるんだ。

なるほど! 

つまり 山旅を味わってるのは じつは君たちだったんだネ 

そういうことなんだ(笑)

そっか 「効率」なんて ほんとクソ喰らえだな。


d0237340_727784.jpg



じつは・・・今から20年ほど前に、、、小豆温泉に車を置き 滝沢登山口までバスで繋いだのだった。嶋津と俺、 重い荷物を背負って 駒ケ岳と三岩岳を循環登山していたのだった。純白の新雪が美しかったなぁ 楽しかったなぁ・・・体験を活かすことができた。


d0237340_7274975.jpg

d0237340_7282167.jpg

d0237340_7284659.jpg

d0237340_7292890.jpg

d0237340_724329.jpg

[PR]
by tabi-syashin | 2014-10-15 21:32 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

会津駒から遠望する

春から冬にかけ、10年ちかくも南会津に取り憑かれ通っていたころがあった。あれから30年? 今じゃすっかり腑抜けになり、年齢とともに南会津に気持ちを寄せる「振幅」も比較的に小さくなっていた。

昨年の晩秋のことだったが、昔のネガフィルムやポジフィルムをスキャナーで読み取り再生して このブログに・・・、かつての山行報告・文集をもデジタル化し古い写真と併せて載せるようになり、急きょ思い立つように南会津山の会の「いろりばた」を整理し始めたりして 俄然 積極的に南会津を見直し始めたのである。

気持は繰り返すのか? 昔が恋しいのか? あれほどの傾注ぶりを今の若いモンに見せたいのか?w 再び尾瀬に通い始めた時から温めていた「リフレイン!南会津」をここ数年、実現させてもいる。
d0237340_21201064.jpg
中門岳への草紅葉の道は朝陽に灼ける


会津駒から中門岳を向く、つまり北を向くことになるのだが その先 右手にはかつて追い求めた田子倉湖に囲まれた 横山-猿倉(ベイクラ)-村杉-三羽折の高手(サンバオリノタカテ)-丸山岳の密藪の「村杉半島」*がある。

さらに半島のその先は鬼が面山であり、小三本、大三本に戯れた浅草岳であり、目を瞑れば叶津川の奥域、八十里越えの田代平であり、入叶津の奥地 真奈川(マナガワ)から笠の沢を辿り赤崩峠から赤崩沢を遡上し、山菜山行に遊んだ標高800mの広大な赤崩台地とそこに構えた粗末な「ゼンマイ小屋」であり、これ等を繋げる数泊の山旅もした。想い出はどんどん脳裏の淵に湧いて出てくる。

越後山脈 中ノ又山、小金花山、小金井山など黄銅鉱脈の「たたら精錬」跡地、ボタを踏み越えながら会越国境を探査もした。中ノ又に登れば下田川内は目と鼻の先、いつか冬季か残雪期に(青里・矢筈は無理でも) 銀次郎・銀太郎・五剣谷(ゴケンヤ)までは行こうと思ってみたが ついに叶わずだった。いかんせん越後・奥利根の山に登る動機が 仙台ではパーティとして成立しないのだった。

焚火を囲みながら浦和浪漫の連中から聞いた「川内山塊」とは、「早出川」とは、「今早出沢」とは、「ガンガラシバナ」とは、幅1m 深さ80mの「ジッピ」とは? 聞いた話を膨らましてはみるが 謎は謎のまま、幸か不幸か(笑)、それらとは ついぞカスリもせずに沢ヤ稼業を終えてしまった。

越後山脈の端は御神楽岳に弄ばれた。風来沢(カサギサワ)や鞍掛沢、川原井戸(洞)沢(カワライドウサワ)、霧来沢(キリキタサワ)、前ヶ岳スラブなどに通い、さらに例年の春に浦和浪漫の沢仲間と岩魚釣りや山菜とり、夜の宴に興じたものだった。(そういえば、昨年から?門内小屋には高桑さんが小屋番してるそうな)


「ゼンマイ小屋」・・・春先に山に入りゼンマイ採りをする。約一ヶ月から三ヶ月ほどの間、米・味噌・醤油・油などを山に持ちあげて暮らす。ゼンマイを採っては天日に干し、手揉みし、更に日干しを続け再び手揉みにして・・・を繰り返しながらの生活。熊は出る、マムシ ヤマカガシ アオダイショウ シマヘビ 野ネズミ など普通に出てくる。

寝泊まりしたゼンマイ小屋は小屋とは名ばかりで 若草が繁茂する平地に塩ビパイプで枠を組んでそれに農薬用ビニール袋を掛け、茅をパラパラっと葺いただけの粗末なものだった。大きさは 入口の高さが胸ぐらいで間口が畳1枚ほど奥行きが畳6枚ほど三坪位になろうか?板蒲鉾の半分をカットした形だ? 床は地べたに枯草を敷き並べその上にビニール花ゴザを敷いただけである。シュラフカバー1枚だったが それほど寒くはなかった。でもそれは 現代にあっては貴重な体験だった。

話は変わるが 他に例えば、秋田県境のゼンマイ採りはどこかのプロたちだった。 スーパーカブで虎毛山に入り 搬出は大型トラックのタイヤチューブにゼンマイをどさりと「草籠」ごと積み 虎毛沢(春川)に浮かべて搬送する。いかにも組織的な人たちだった。


d0237340_6472986.jpg

これは 田子倉ダム湖からみる鬼が面岩壁と浅草岳。残雪の5月に対岸の村杉半島に取りついた時の写真だ。カッチの居並ぶ鬼ヶ面の黒い岩壁は雪を纏うことをしない。冬でも自ら雪を削ぎ落している。そういえば 地元の会津山岳会で 鬼ヶ面山と南岳の間の中間稜を「マンモス尾根」って言ってたっけ…、 鬼ヶ面南岳方面にスキーで下って 途中どこいら辺りからか?振り返ってみると、何番目かのカッチがマンモスの耳に見えていたり ルンゼ状の岩がマンモスの鼻に見えていたり、、、ということらしい。

「カッチ」・・・とは熊打ちに使う言葉だが、会津では山の高い処、岩のトンガリなどをカッチといい、熊を追う勢子の追い込む谷を間違わぬようにしていた。鬼が面山の越後側には 貉沢のカッチ、村杉沢のカッチなどがあり、飯豊のトットバのカッチ 会津朝日の小幽沢のカッチなども名をよく聞いた。他に高手というのもあるがカッチとの区別がよく解らない。叶の高手 三羽折の高手 バイウチの高手 など、これも熊打ちにつかう地名用語だった。高手は熊撃ちの際に 指図が必要だろうからマタギの親方が見張る高みにある所。バイウチは這い撃ちのことかな? 這いつくばって鉄砲を撃つ高み。語感的にはそんな感じだろうか?

d0237340_2116590.jpg
懐かしい写真! 菅井君だ。上陸後にアポロ丸船長と値引き交渉か?(笑)

d0237340_20142053.jpg
三岩岳と坪入山 奥に会津丸山


村杉半島の西にはかつて藪に敗退した未丈-毛猛のルートがあり、さらにその左に岩魚を釣り上げ遡った池ノ岳、平ヶ岳がある。そのまた左奥は尾瀬ヶ原の北端だ。

会津駒ヶ岳の右手、東に目を転じると、我が思いの詰まった「三ッ岩」があり、坪入からさらに北へと目で追えば丸山岳と会津朝日岳とがあり、山座同定もままならぬほどの遠景に、小さき冒険心を養ってくれた前ヶ岳南壁のスラブ群や山伏・水晶・つばくろ尾根の岩稜が立つ霊峰 御神楽岳がある。

道なき深山幽谷。この奥深い会津と新潟、奥利根の山域で山名を戴く山は如何ほどあろうか? おそらく一割にも満たないだろう。その一割にも満たない山名を一座一座、順に並べ同定・指呼する所作は此の広大な 山深い地においてはまったく意味がないし そういう所作は会津の山には似合わない。いかにも できた一人称ができなかった三人称を前に誇示し偉ぶる?姿はあまり快いものではない。それは己が心に秘匿すべきかと思う。

それより この流域の谷や尾根を繋いで遊び、残りほとんどの無名無冠の山々を肌で実感する方がもっと大事だと鎮かに思う。一座一座を登っては限りがないが かといって 一座で全てを語るのはこれまたオコガマシイからでもある。「謙虚であるべき」「我が身の程を知るべき」・・・、会津の山を語るというのは恐らくそういうことなのだと思う。ヘラヘラと語ってしまえば翌春の雪稜にて山ノ神にしっぺ返しを食らいそうだ(笑)

見立ては綺麗な紅葉の山だが、冬には十数メートルの雪に磨き削られ、人様の暮らしがその大雪に絶たれ、春にはゼンマイ採りとマタギで暮らす者にしか踏み込めぬ鉈目の道が輝きを増し、夏には湿った谷地に山ヒルがゆらゆらと踊り立ち、秋の乾いた草地には赤マムシがカラカラと威嚇音を立て鎌首をもたげる、、、この普通に自然な山深い流域は奥利根水源まで続いている。

そう思える世界がジワリ観えてくると、ほんの数座の有名山の山座同定に一人ほくそ笑むなどは正に奥会津にあっては「チャライ」のである。知れば知るほど敷居の高さが嵩み、軽々しく山名を口にするのも憚られる。じつに背筋が凍るほど、胆を冷やすほど会越の山谷は深いのだ。

山をいと惜しむなどと軽く言えども、「山の奥深さ」を感じとるほど通わなければ それは真に語りえはしない。有名山の尾根をどれだけ歩いたとしても 谷底の厳しさや人工を排斥する厳粛な森のあり様など かつても、今も、これからも、想像の域を出ることはけしてないのだ。まさにそういう畏怖の念をもって尾根に立たないと会越の山は語れないのである。

この山懐に立ち周囲を眺めれば必ずその想いに至ることだろう 奥深さとはじつに荘厳なことと同義なのである。この会津駒ケ岳から北東&北西へ左右45度方面、この山域の無名峰たちに我が想いはギュギュッと込められている。

d0237340_20155037.jpg
d0237340_22480126.jpg
三岩の左奥に坪入山、左に会津丸、それらに挟まれた遠景に御神楽岳 その奥に飯豊連峰


時々こうして会津駒から中門の稜線に立つことは 「自分の南会津との関わり」をあらためて確認することにもなるわけで 昨年の同時期にも登って同じように周囲を眺めたときも 今と同じ思いを抱いたものだった。これで当時の若さが戻るというものなら・・・、なんぼいいのか解らんのだが(笑)
d0237340_20164818.jpg
駒の池と へい!カモ~ン♪ (ヘラガモだった)


d0237340_20173671.jpg
駒の小屋とオリオン
d0237340_2020333.jpg
越後三山 中ノ岳と駒ケ岳、ずうっと左手に池之岳、平ヶ岳

南会津彷徨

幾度となく思慕の糸を放ち 幾重にもなる思いを重ねてみても 究極的満足を心に宿すことができずにいる南会津。渋さと地味さと厳しさとを混在させ彼の山々は今日も問いかけてくる。これに応じようとする我が内なるものは「胎内回帰」という概念だけだ。

求めなければ決して明利な答えを与えてくれず、その幽玄な山懐に立てたとして、そしてまた一種の感慨を得たとして、それでもさらに次なる問いや焦燥が待ち構える。一度はまったら脱出不能な循環軌道に乗せられてしまう。一つを終えても 再びまた「憧れの淵」に立たんと思慕の波が押し寄せる。

30年を経た今でも それが私にとっての南会津でいる。


d0237340_22565761.jpg
至仏山

[PR]
by tabi-syashin | 2014-10-14 13:29 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

会津駒~富士見林道

d0237340_16333715.jpg
駒ヶ岳山頂からの下り、駒の小屋一帯を写真に納める。じつに安定した構え!


台風が 錦繡の衣を吹き散らす前に、じっくりと南会津の山に浸って、人の往来もなくなった会津の渋い山道を歩いた。この山域は積雪期踏破ばかりで 錦秋の道は30年ぶり。

沖縄、奄美、九州に台風が近づくなか、信じられないほどの秋の青天を得て会津駒に登り、富士山を望み 燧と至仏、平ヶ岳と越後三山とを身近に眺めながらキリンテ迄の山道、最も会津らしい山道の一つ「富士見林道」を歩いてきた。

人気の高い山の割にはこの富士見林道ですれ違った登山者は3名。同ルートには前後に10人ほど?ととても静かな道だ。駒ヶ岳のピストンだけでこの山を知りえたと思ってしまうのは誠に勿体ないのである。朝の6時から登るならバス利用(290円)で余裕の周回ができる。

実に、この山路は林道と名付けられているだけあって起伏のない、岩の一つもない、詩情を醸す平滑な道なのである。その証に 詩情が醸されるかどうかは?だが マウンテンバイクを担いで登る人もいる。尾瀬の隣りとは思えぬほどの静かな杣道「富士見林道」、いつまでも記憶に残る道だった。歩き直せたことで得した勘定になるw

d0237340_17143870.jpg
富士見林道でちょっとした岩峰(1996m)を越える その先には燧ヶ岳
d0237340_2064156.jpg
富士見林道から駒ケ岳、駒の小屋を振り返る
d0237340_2095222.jpg
深いブナ林の谷あい カワゴイ沢と上の沢の出合
d0237340_16554177.jpg
平ヶ岳(左)と越後三山
d0237340_642377.jpg

d0237340_644624.jpg
大津岐峠への緩い登り
d0237340_65231.jpg

d0237340_652410.jpg
大津岐峠から2時間。凸凹のない平滑な山道をキリンテまで下る。紅葉、黄葉の林の中! これはコシアブラの葉かな。

登山口-駒の小屋-会津駒-大津岐峠-キリンテバス停-バス290円-滝沢バス停-車両回収

ちょっとだけ 明るさとコントラストを弄って 富士山を露出させたい。。。
いちおう肉眼で見えたので カメラでも 粒子は粗くなるけど 大きく捉えられているはず。

d0237340_12070775.jpg
いかがでしょう? 判別できたでしょうか? 右側の雲の上に大きく写ってました。
大きいですね 日本一の富士の山!

















[PR]
by tabi-syashin | 2014-10-13 16:43 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

南会津 ぐるっと。

d0237340_12155325.jpg
オオシラビソ (積雪期の画像でもうしわけない。。。)




最強の台風(900hp>920hp)が来る前に、、、
南会津の観光登山をしてこようかと思ってます。
燧裏林道か、、、富士見林道か、、、どちらか???

三岩にも行きたいんだけど・・・また来春にでも。
平ヶ岳にも行きたいんだけど・・・ソロテントじゃ寒いか?

台風が過ぎれば グッと冷え込むだろうし・・・初雪も?
d0237340_20172079.jpg


d0237340_16193649.jpg

[PR]
by tabi-syashin | 2014-10-10 12:17 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

南会津彷徨(再)

d0237340_13254684.jpg


南会津彷徨

幾度となく思慕の糸を放ち 幾重にもなる思いを重ねてみても 究極的満足を心に宿すことができずにいる南会津。渋さと地味さと厳しさとを混在させ彼の山々は今日も問いかけてくる。これに応じようとする我が内なるものは「胎内回帰」という概念だけだ。

求めなければ決して明利な答えを与えてくれず、その幽玄な山懐に立てたとして、そしてまた一種の感慨を得たとして、それでもさらに次なる問いや焦燥が待ち構える。一度はまったら脱出不能な循環軌道に乗せられてしまう。一つを終えても 再びまた「憧れの淵」に立たんと思慕の波が押し寄せる。

30年を経た今でも それが私にとっての南会津でいる。
-----------------------------------------------------------

トラさんへ

この短文は 山岳会当時(30年前)の文集に載せていただいたものです。
最後の行の「南会津でいる」という下りの「いる」という部分ですが
会津を想う心の状態が 現在形でも「ある」ということ、ここが大事なんですよね。

私の場合は 30年前も 30年後の今も 同じ気持ちで「いる」というわけです。
これが 私にとっての「南会津である」とか「南会津であった」 などと記せば
すでに「彷徨」は消えて 「定着」を望む自分になってしまいます。
それは今の私自身ではなくなるわけです。会津の魅力ですね 魔力かな?

奥の深い あの重なる山並みは奥会津故なんですね。
だから恋い焦がれるのではないでしょうか?
5月こそ会津歩きの季節。雪の尾根が おいで!と自分の未踏峰へ招きます。
[PR]
by tabi-syashin | 2014-09-21 13:26 | Mount M aizu | Trackback | Comments(4)

ぶな平

d0237340_08034930.jpg
d0237340_09061316.jpg
d0237340_08585012.jpg
d0237340_08053035.jpg
d0237340_08051442.jpg


[PR]
by tabi-syashin | 2014-05-05 09:10 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)

「仰角」で撮る

嵐に耐えた翌日は昨日午前と同じ青天。5時から撮影開始。
山は斜光線というけど、朝な夕なに、仰角で撮ることが無くなってしまった。
登ってからの俯角はあるにしても 仰角で撮る機会を失っていた。

たまたま 悪天候だったこととブナ平がその場にあったこととで 撮れたわけだ、感謝しなくては・・・。
d0237340_08581646.jpg
モルゲンロートの三ッ岩岳
d0237340_08580017.jpg
三ッ岩岳
d0237340_20272138.jpg
左肩に大戸沢岳の頭と三岩岳
d0237340_08043733.jpg
窓明山
d0237340_08560114.jpg
ブナ平からの登路
d0237340_08585012.jpg
急な登りは2カ所
d0237340_08594495.jpg

[PR]
by tabi-syashin | 2014-05-05 08:14 | Mount M aizu | Trackback | Comments(0)