懐かしい大行沢(おおなめさわ)・・・

d0237340_1946342.jpg
登る予定の最上地方が雨予報のため、前日から近場に行き先を変更していた。今日は登るというより懐かしさに浸りっぱなしの山行だった。なんせ15年ほど前まで、楽しみつくしていた山域だからだ。これほど記憶の襞に刻まれた沢もないと思えるが 一種異常な感激、興奮度だった。

大行沢橋から眺めた時、頭を過るのはこの上部の「ゴルジュマークの部分」。かつてはそこの側壁のヘツリを嫌い、泳いで突破していた部分である。それにしても次から次と色々なことを思い出す、記憶のそちこちのポケットから勝手に溢れだしてくる、歩みを進めるたびに 楽しかったYMCA山岳会、現役のころを思い出す。二口山塊は育ての親であり 当山岳会の原点でもある。

d0237340_20454341.jpg
駒止ノ滝
駒止ノ滝についた途端、右岸の壁を目で追ってしまった。壁はまだ崩れていなかったが右岸を攀じ登ってスルリと抜ける際の「手がかり」、感触が右手に戻ってきていた。それでも渓相が変ったのか、支点をとった位置関係が分からなくなってもいた・・・落口は明るくなり抜けの狭隘さも失せ、やけに簡単そうに見えた。
d0237340_19491720.jpg
北石橋渡渉点の滑床

カケス沢・北石橋渡渉点の滑床と幕場についた。かつて 新入会員訓練の息抜きの場であったり、夏の長期休暇に山に入れなかった時など、ここで瀬音を聞き焚火し酒を酌み、そして気だるい午後は流れを眺めながら素麺をこさえて食べ過ごしたところでもある。

新緑の中に歩みを止めた。思い出の地とどんどん交信ができる。前に進む必要はなくなった。

d0237340_2102673.jpg
セリバオウレンの種子かな?

数年前からなのか、歩いてきた道は相当な個所で様相を変えていた。沢状を越えるたびに道が崩れ、鉄の鎖が張られ、、、記憶の反芻を妨げていたが、滑床を一瞬も澱むことなく流転する流れを見つめ、15年を経ての再来を考えてみた。

昔、山は山人の領域と言われ 山への探究心などは 山岳会の会員以外に手向けられることはほとんどなかった。今となり脚光を浴びる田舎の山々だが、当時は行き交う人も少なくその自然が自然のままに在った時代を知っている者にとって、最近のブームの喧騒さ加減は山から意欲を遠ざける一因にもなっていた。

さらに、、、沢人は沢しか見ず、岩人は岩しか見ず、釣人は魚の影しか見ず・・・その点、僕も水線しか見てこなかった一人なのだろう・・・。今あらためて思う、岳人にとって「山は総体なのだ」と。山に向かう姿勢、山との触れあいに稚拙さを見つけて反省しきりの自分だった。
d0237340_1957101.jpg
別名 ヤマニンジン。 「シャク」と呼んでるセリ科の植物。。。

それにしても、楽しかった。山頂は踏まずとも、これほどまで語らいあえる山行はあまり経験がない。だからこそ言いたい、ありがとう! 山に招かれ、君のお陰で再び山歩きができ、感謝している。心の隅々がどっさりと塗り替えられた思いだった。

d0237340_2059056.jpg
シラネアオイ

12時、休憩中に男性二人組が渡渉してきた。長靴を履いてはいるが、山慣れした登山者であることは渡渉時の身のこなしですぐに分かった。この幕場に泊まりたいとでもひらめいたのか、リーダーらしき男の目が輝いた。二言三言、言葉を交わし幕場に生えたコシアブラを採ると彼らは北石橋に向かった。お陰で、すこし食傷気味な山菜の若芽を 折らずに済んだw(もしかして? 彼が、リンク先のトラ山さんかも? 7/17)

d0237340_2048233.jpg
コンロンソウ
d0237340_20595596.jpg
ヤマツツジ
[PR]
トラックバックURL : http://tabilogue.exblog.jp/tb/20718972
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by torasan-819 at 2016-07-16 06:49
長靴2人組はワタクシです!
確かにコシアブラを採ったような記憶があります。
ちゃんとご挨拶して会話すれば気がついたかもしれませんが、あの時は先を急いでいました。
またどこかでお会いしたいものです。
Commented by tabi-syashin at 2016-07-30 20:25
もう顔を覚えましたから( ´艸`)
体躯のがっしりした男の人 とウチのやつも言ってました
by tabi-syashin | 2014-05-18 19:46 | Mount Futakuchi | Trackback | Comments(2)